僕は君へと愛憎の言葉を番う【第五章】



「クソッ…」

阿散井の部屋を出た日番谷は、そのまま自室に戻る事無く靜霊廷の外れにある小さな湖に来ていた。
風は無く、煌々と輝く三日月と虫の音が世界を占める空間。

落ち着かないと、忘れないと。思えば思う程鮮明に思い出して。肺の空気を入れ替え様と深呼吸すれば、変貌した奴の顔に息を呑む。

ただ理由を知りたかっただけ。二人の間の狂雲が晴れればととった行動。
太股に奴の感触を思い出す。無遠慮で乱暴な弄り、市丸しか知らない体は悲鳴を上げた。今も思い出すだけで胃から込み上げる嫌悪感が拭えない。

檜佐木が来なければ、どうなっていたのか。



苛々する。



隊長と言えども子供。大人に力で勝てる訳が無く、何より恐怖で体が動かなかった事が情けない。



阿散井に掴まれた腕がズキリと痛んだ。










「何でそんなにイライラしてはるん?」










突如聞こえたその声。
ずっと求めていた声。掛けられる筈なんて無い、その声。

「い……市丸…?!」

振り返ったそこには、首枷を鈍く光らせた市丸が立っていた。
結界の張った自室からは出られない筈。なのに何故コイツが此処に。
身動き一つ無く停止した日番谷を、可笑しそうに見つめた市丸はポツリ呟く。

「折角の白い肌が赤く腫れてもうたね…」
「―――ッ?!」

何時の間に間を詰められた?
戦く日番谷を他所に、市丸は少年の細腕を取り先程阿散井に付けられた痣を残念そうに眺めていた。

「それはっ…」

慌てて訳を話そうと声を出したはいいが、襲われたなんて惨めな事を言える筈が無い。

「それは何?別に僕は何とも思っとらんよ」

クツクツと喉の奥で笑われ、動揺した自分が恥ずかしくなってきた。

「……なら手を放せ」

少し乱暴に言葉を吐く。
何とも思っていない。その言葉に裏切られた気がした。

足掻いていたのは、どうやら自分だけならしい。阿散井も市丸も俺を虚仮にして嘲笑ってるのか。

「手を放したら、冬はどうするん?」
「……自分の部屋に戻るんだよ」
「へぇ…阿散井はんの部屋じゃなくて?」
「っ、…」

こいつ…知ってたのか。

「なぁ、気持ち良かった?」
「……何の事だ」
「阿散井はんに奉仕してもらったんやろ?」
「………」
「ええ声で啼いた?」
「……止めろ」
「阿散井はんの体で満足できたんか?」
「市丸っ」










「…僕の事…忘れてもぅた?」










市丸の声色が細くなる。
驚くと同時に、その元を見上げた。





―――――ポタッ。




「市丸…」





―――ポタッ。





「忘れんといて…」










始めて見た市丸の涙。
俺の手首を握る手が震えている。















『阿散井はんを庇うねんや』










『市丸隊長のは受け入れてんのに……酷いっすね』
















阿散井が見せた獣の瞳は何があっての事か。
市丸の頬を伝う涙は何を思ってのことか。

俺が感じていた不安以上に二人の行動は理解不能で。
でも、そうさせたのは俺。俺の知らない間に、俺が二人を追い詰めたんだ。

「ほんま、この手ぇ引き千切るで」
「っ……!」
「引き千切って引き裂いて、動けへん様に籠に入れて仕舞っておこうか」

ギチギチと骨の軋む感覚が脳に伝わる。なのにポタリ落ちる涙は紛れも無い市丸本人のもの。

「……裏切りや」
「な、に……」
「僕は冬の側、離れたこと無いのに」
「市丸……」
「阿散井はんと二人っきりになろうやなんて、誘いに行ったも同じやん」

籠められた力がゆるりと解ける。同時に、声もまた静けさをもって。

「僕はずっと君だけを見てるんよ?」
「俺だって……」
「見てへん………ちっとも」
「………ッ」

否定をされた事に口篭るんじゃない。
言いたい事が山のように溢れて声に出せなかった。

その顔をさせている原因が俺だって気付いたから。そうしたつもりは無くても、俺が市丸を苦しめてたんだって分かったから。

「冬……」

カクリ、市丸の膝が折れて俺の前に跪く。身長差からか、跪いた市丸と俺の背丈は同じになった。
徐々に近付く銀髪。頬から首に手を添えられ、フワリ香る奴の匂いに迂闊にも涙が滲んだ。


カリ、


「んッ…!」

肩口に鈍い痛み。突然の事に爪を立てるが、そんなものお構い無しに舌が乱暴に動き出した。

「く、ぁ……」

全くおかしくなってしまったものだ。
この痛みさえも心地良く神経を昂ぶらせるらしい。


クチュ、


「あ………ッ」
「僕以外の匂いがこびりついとる」


クチ、クチュ。


「いち、まッ……」
「胃凭れ起こしたらどないしよ」
「ひ……ぅ」
「ほんま、不味い味」

死覇装に覆われていない肌をくまなく舐められる。
市丸に教えられた快楽が競り上がり、カクカクと間接が動き出す。そのまま体重を預ければきつく抱き締められて。

「もう一度、僕を教えなあかんみたいやね」

直接脳に響く声。
俺はただ目を瞑り、コクリと小さく頷いた。







サワサワ。
虫の音と共に耳に伝わる風の音。



静かに佇む二人の間を真っ直ぐに駆け抜けた。


第五章 End



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