人通りの少なくなった廊下。
完全に居ない訳ではない。ポツリ、ポツリ、擦れ違う死神達は驚きの表情を見せる。
市丸は現在謹慎中の身なのに周りを気にする素振りを見せず、日番谷の手を握り離さない。
「……いいのか?」
「別に」
総隊長に報告でもされたら。
そんな心配をして小声で確認。
しかし、返ってきた返事はへらりとした何時もの軽口。
「総隊長は馬鹿じゃあらへん」
「え?」
「あんな結界、見せ掛けや」
理解に苦しむ、市丸の台詞。
首に掛けられた拘束具がカチャリ空しく音をたてた。
気付けば日番谷の自室に着いた二人。
市丸は握るその手を離さずに部屋の奥へと。
襖を開ければ、そこは寝室。
布団が一枚、中央に敷かれていた。
「市丸……」
緊張と僅かな恐怖に呼ぶ声も小さくなる。
「―――ッ?!」
トンッ……と背を軽やかに押された。同時に足を引っ掛けられ、膝から落ちる。更にトンッと押され、今度は四つん這いになって倒れる体を支えた。
突然の事に取り繕う術を掴めない日番谷は、それでも自分の後ろでケタリと笑う市丸を睨みあげる。
とうの市丸はそんな視線を構う訳でも無く、寧ろ自分だけに向けられた視線を喜んでいる様だった。
「なあ、冬」
狐の面を外す事もせず、貼り付いたその笑みのまま確かめる様に自分を呼ぶ声。
返事なんてするつもりは無かった。市丸も想定内だったのだろう、口を開く素振りさえ見せない日番谷の上に覆いかぶさり、自分の半分も満たない体を包み込む。
「殺す……言うたん、僕は後悔してへんよ」
日番谷の耳に唇を押し当てて。
気付けば小さな手は大きな手に固定され逃げ出せなくなっていた。
「痛ッ……手、止め」
阿散井に付けられた痣の上。市丸の細く長い指が喰い込んでゆく。
「今も殺してまおうか悩んでてな」
「市丸ッ!」
「冬が死んだら僕も死ぬ。だからどっちでもええねん」
プツリ。日番谷の皮膚が、押し当てられる爪に負け裂けた。
小さな悲鳴を聞いた市丸は、その手を確認して嬉しそうに顔を歪める。そして拘束していた手を緩め、四つん這いになっていた小さな体を反転させた。
互いに向き合う、本来なら幸せな瞬間だったこの体制。
「この傷は誰がつけたん?」
「なん、だよ……」
「冬のほっそい手ぇに付いたコレは誰の仕業かって聞いてんの」
「お前に決まってんだろ……」
「そ。ならええ」
鼻歌でも聞こえてきそうなご機嫌声。それを見て不貞腐れる日番谷の唇を奪い、舌を挿入させる。
執拗に深く押し当てられ、唾液を流し込まれる。頬を固定されては吐き出すことも出来ず、飲み込むか、零れ落ちるのをただ待つだけ。
苦しいと声をくぐもらせれば呼吸しやすいように唇を離され、その間も頬や目尻を嘗め回し、呼吸が落ち着いた頃合には再度深く口内を荒らされる。
「んんッ、嫌、ぁ」
「まだや。まだ不味い」
「ぅ、はあ……」
何度も不味いと繰り返し、その度に流し込まれる生温い唾液。自分の口なのに自分の口じゃない、そんな変な感覚がジワリジワリと脳に信号を送り始めた。
「………もうええかな」
「ふ、あッ」
時間的には如何なのか、感覚的には酷く長い時間の口付け。
慌てて肺に酸素を送ったせいで日番谷は咽込み背を丸くする。
「後はココやね」
宛がわれたのはきつく閉ざされた下孔。
元から濡れる機能を持ち合わせていないそこは解そうにもそのままでは到底無理で。
すると市丸は艶やかに光る日番谷の口内に乱暴な手付きで指二本を突き入れグルグルと掻き回す。沸き上がる嘔吐感を堪えながら、早く引き抜けと言わんばかりに力強くその手を掴む。
それも済めば次に何をされるかなんて頭よりも体が知っている。
下孔に籠めた力を抜かなければ自分が辛い事なんて百も承知。
だから、市丸の指がそこに触れる前に軽く息を吐き受け入れる準備をする。
「―――ッ、アアァ……ッ?!」
何時もなら傷付けない様にと優しく、ゆっくりと入れられる指。
今回もそうなんだと思っていたから、想定外の激痛に大声で喘いでしまった。
「あら、裂けてもうた。やっぱ直ぐには治らへんね」
「ッ……な、に?」
「阿散井はんに抉じ開けられたとこ、痛い痛いって泣いてはる」
言ってる側から乱暴に出し入れされ、市丸の指に纏わり付く血も量を増してきた。それに伴い滑りも良くなったそこを今度は拡張させようと指に力を籠めだした。
「嫌ッ!痛、い…ッ」
「ほら、これが僕の指やよ?思い出して」
「いちま、るッ……たすっ、助けてッッ!」
「………ん?助けてって誰に?もしかして阿散井はんでも来てくれる思ったん?」
その言い草に、俺は言葉を無くした。
どうしてそんな酷い事を言うのだろう。なんて屈辱。
悔しさか、哀れさか。
俺の目は勝手に涙を溢した。
「……最ッ悪」
ここ最近の市丸の行動は全く理解不能で。それでもアイツは俺に笑顔を向けてくれたから安心しきってたんだ。阿散井との抗争だって俺の頭は市丸中心に物事を考えていた。阿散井の元へ行ったのだってそう。
大切な、自分にとってはそれ以上の存在意義の在る市丸が何故辛そうな顔を見せるのか………。
「泣いてる俺より辛そうな顔してんじゃねーよ」
「………捕られたないねん」
「市丸……?」
「隊長職に縋りつくつもりは無い。流魂街に戻ったって構わへん」
「何だよ突然……」
「でもな、これだけは覚えといて」
ドクン、ドクン、
心臓が耳に付いたのではないかと思う程大きく聞こえる。
「冬の側は絶対に離れへん」
市丸の言葉を聞きたいのに、煩い心臓が邪魔をする。
市丸の顔を見たい似に、目を覆う水幕に隠されてしまう。
その全ての邪魔を取り払うように、日番谷は両手を広げ市丸へとしがみ付く。
「冬が違う人好きになっても、僕を嫌いになっても―――――」
きつく、力強い市丸の腕。
カタカタと震えてるのは、決意からなのか。
「僕は君を手放すつもりはあらへん」
ありがとう。
頭の中に浮ぶ文字。素直に言えたらどれだけ楽か。
「……大袈裟だな」
「本気や」
「まあ、俺は市丸以外にこんな事させるつもりはねーよ」
「………僕も」
久し振りに、心が笑った気がした。
久し振りに感じた市丸の温もり。
同じ事を考えていたんだ。
なのに擦れ違う原因を作ったもの。
『伝える言葉』
市丸は何度も俺に問い掛けていたんだ。
今度は俺がお前に気持ちを伝える番だよな。
「明日、阿散井の部屋に行ってくる」
「冬……」
「俺の気持ちを伝えてくるよ」
「……うん」
「阿散井なんて眼中にねーぞって、ケツ蹴っ飛ばして来るから」
「ほんま?」
「心配なら付いて来るか?」
「付いては行かへん。でも、心配やから体に聞いてみるわ」
ドサリ、柔らかな音と共に布団へと倒れ込む二つの体。
「冬は僕のモノですかー?って」
「何だそれ。俺は物扱いか」
「じゃ、お嫁さん?」
「……恋人にしといてくれ」
「恋人、ね。じゃ、今年いっぱいはそうしとくわ」
「期限付きかよ」
何度でも言うよ。
君に届くまで、愛も憎しみも全てを番うと――……。
最終章 End
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