僕は君へと愛憎の言葉を番う【第三章】



「朽木隊長、休憩してきます」

自分に課せられた分の書類を粗方終らせ、一息吐こうと大きく背伸び。
阿散井は朽木に一言告げて執務室を離れた。



「ふぁ〜…全く、朽木隊長は真面目すぎるぜ」

生欠伸をしながら、阿散井は何時ものサボり場へ。
そこは手入れも殆どされておらず、誰も近寄りはしない阿散井だけの休憩場。少しの休息をとる為、急ぎ足でその場へ向う。





「市丸っ…やだっ」

何時もの場所に着いたその時、聞き覚えのある声に阿散井の動きが止まる。

「…日番谷隊長?」

その声がした方へとゆっくりと近づく。目の前に広がるは…。

「あっ…あぁっ」
「冬…気持ちええ?」
「う…ん…も、お願いっ」

市丸と日番谷の絡まり合う体。日番谷の顔は朱に染まり、普段は想像もつかない程妖艶だ。
二人が恋仲なのは知ってはいたが、このような事をしていようとは想像もしなかった。

見てはいけない事情に咄嗟に阿散井は身を隠し息を潜める。

「何やってんだ俺…」

この場から離れればいい、普通はそうする筈だ。
だが、阿散井の足はそうしなかった。

そうこうしている間に、市丸は日番谷の体をクルリと反転させた。
膝に乗せても包み込める体格さに次を想像できるが行為が浮ばない。

フワリと日番谷の体が浮いたと思った矢先、悲鳴にも似た嬌声に阿散井の目は釘付けとなった。
上へ下へと揺れる様は、二人の体が繋がっている証拠でもある。

「あっあぁっ…痛っ…ふぅっ」
「ほら、力抜いて…」
「やだっはぁ……ああッ」

対格差のせいか慣れないせいか、日番谷の顔は苦しそうに歪んで見えた。

が、

「あっ…ん…はっ」
「可愛えよ…冬」
「市…丸っ…ひゃっあっ…」

無理矢理にしては助けを求める素振りも無く、その声は少しずつだが艶のかかったものに変わる。
日番谷から放たれる卑猥な声に阿散井の雄が己を主張しだした。

「…日番谷隊長」

自分でも理解できない感情にストレスが溜まる。早くこの場から離れよう、そう思い立ち上がろうとしたその時。

「冬は僕のもんや」

誰に言ったのか。
当の日番谷は喘ぎ声を上げるので精一杯の様子。

では残るは…。

「……っ」

バレてる。
そう確信した阿散井はこの場を離れようとする。

が、体が動かない。
頬に汗が伝い落ちる。

「市丸っ…も、駄目っ」
「ええよ。一緒にいこな」
「あっ、あぁ…っっ」

一際高い声をあげ日番谷は幼いそこから熱を放った。後を追うように市丸も盛りを深く突き入れ、日番谷の中へと白濁を流し込んだ。





行為の後、日番谷は疲れ果てたのかそのまま市丸の腕の中で意識を手放した。
時折通るそよ風が高ぶった感情を落ち着かせる。

「阿散井はん居るんやろ?隠れてへんと出てこればええやん」

息をするのも忘れ、ただ呆然と傍観していた阿散井は名を呼ばれビクリと体を揺らし我に返る。

「っ…」

ゆっくりと、神経を足に集中させ前に出る。市丸は日番谷を大切そうに抱き締めながら阿散井を見つめていた。

その表情は何時もの仮面。
睨み合う事数刻。

「俺が居る事を知っていてやったんすか……」
「せやよ。悪いん?」

悪そびれる感じも無く平然と。そんな市丸に怒りが込上げてくる。

「自分が何をしたのか分かってるんすか」
「何をって見て分からんの?」
「……ッ、失礼します!」

これ以上話をしても如何にもならない事に苛立ち、阿散井は話を打ち切り隊舎へと戻って行った。



「よう覚えとき。冬は僕のものやって事を、な」





隊舎へと戻る最中、市丸が放った言葉が阿散井の耳にこびり付き何度も反復した。
眩暈がするほどの激情を吐き出す術も持たず、我武者羅に歩を進める。

「只今戻りましたッ」

溢れる怒りを纏わせながら執務室の襖を乱暴に開け放ち、阿散井は自分の席へと腰を落とす。

「何事だ…恋次?」
「……」

唇を噛み締め両手は怒りにより震え、目は何処かを睨んだまま全く反応が無い。
休憩すると出て行った時との豹変振りに朽木も疑問を持つが、聞いた所でどうにもならない。ましてや、言おうとしないのであればこれ以上の詮索は馬鹿らしい。

「…答えれないのならそれでいい。ただ本日分の書類は終らせて貰う」

隊長としての当たり前の台詞。
阿散井は小さく返事をした後、黙々と書類整理に没頭した。










「……んっ」
「おはよ。冬」

市丸の肩に寄り掛かり、意識を失っていた日番谷がゆっくりと目を覚ます。

「……ッ」

直後、身を後退させ市丸を睨み上げる。その目は明らかに市丸を非難していた。

「冬……」
「……何であんな事」
「何でや言われても……」

頭を掻き少し困った表情の市丸に、日番谷の目は辛そうに細められた。

「やりたかったからやった、か?」
「せやないよ……」

滅多にと言うより今まで見たことも無い弱々しい表情を見せる市丸は、日番谷の元へゆっくりと近付きその体を強く抱き締めた。

「僕には冬しか居らんねん…」










カンカンカン――……。
執務終了の鐘が辺りに鳴り響く。

外は日も沈み欠け空一面が朱に染まり幻想的。各隊が俄に賑やかになり、執務を終えた死神達が隊舎から溢れ出る。

何時も通りの風景。

「時間だ。恋次、今日はもういいぞ」
「はい。じゃ先に失礼します」

六番隊も例外ではなく、本日分の執務を終えた二人は談笑をする訳でもなく其々が部屋を後にした。

阿散井は自室に向う事無く真っ直ぐに目的の場所へと向う。





「六番隊、阿散井です」

十の文字の木板を下げた襖の前に立ち、中に居るであろう人へ入室の許可を執る。

「阿散井?」
「何ですかね…?」

呼び掛けられ戸惑ったのは、この執務室の中に居た二人。

「いいわよ、入んなさい」

その言葉を聞き、ゆっくりと襖が開けられた。

「失礼します」
「如何したのよ一体」
「いえ…」

執務室に入るなり阿散井の目はここの隊主、日番谷へと向けられ。

「……何だよ。俺の顔に何か付いてるのか?」

余りの凝視に日番谷の眉間に皺が寄る。

「……違う」

ボソリ。
殆ど声に出ていなかったので二人には聞こえない。が、確実に阿散井の体の奥底で何かが疼きだしていた。

それは徐々に熱を帯びて行くのが分かる。


止まらない。


「ちょっ、恋次?もしもーし?」
「……はっ、あ…すんません」
「本当に如何しちゃったの?」
「何でもありません。失礼しますッ」

一言そう言い残すと、風の様に去って行った。残された二人は呆れて声も出ず、互いの顔を見合わせた。





十番隊舎を飛び出した阿散井は一人、中庭を歩き考えに耽る。

「隊長……何時もと変わんなかったよな」

誰に言う訳でもなく。

「昼のあれは夢だった…なんて」

有り得ない。
夢ならどれだけ良かった事か。そんな事を考えのろのろと歩いていた。



「何を考えてはるん?」



気付けば目の前に黒く渦巻いた霊圧を纏った男の姿。逆光のせいで顔は確認できないが、その特徴ある訛り。

「市丸隊長…」
「日番谷はんの所に行ってはったん?」

滲み出る霊圧とは裏腹に、穏やかな声色で問い掛ける。裂けた口許がやけにくっきりと浮かび上がり恐怖を憶える。

「市丸隊長には関係ないっす…」

お互い一歩も動かず、唯悪戯に時間だけが過ぎて行く。
張り詰めた空気の中、口を開いたのは市丸。

「なぁ、日番谷はんは僕のものやって言わへんかった?」

阿散井の返事を待たず、市丸の霊圧は一気に上昇した。

「……っ」

市丸との『差』を思い知らされ、冷たい汗が阿散井の頬を伝う。

「なぁ、聞こえてはるの?」
「……く、そっ…たれ…」

負け惜しみか。
惨めな自身を哀れみながら、此処で逃げ出せば一生悔いが残る。そう決心した阿散井は、自らも霊圧を上げて応戦の意思を見せる。

「へぇ、やる気やね」

気持ちの悪い笑みを含みながら、市丸は己の斬魄刀へと手を伸ばす。

「……刀、抜き」

プラリと腕を下げ。
刀を構えるでも無く市丸は淡々と話す。

「本気っすね…」
「喋る余裕あるん?」
「…これだけは言っておきます」
「……」



どうせ死ぬなら。



「市丸隊長を倒して、俺が日番谷隊長を守る!!」

最後位、格好の良い捨て台詞を。










「何だったんだ、阿散井の野郎」
「さぁ?何だったんでしょうね」

突然現れて、勝手に消えて……市丸の時と同じじゃねぇか。
日番谷はふぅと小さく溜息を落とし、執務椅子から立ち上がる。

と、

突如、凄まじい勢いでぶつかり合う霊圧に気付き窓を開け放つ。

「市…丸?…阿散井…?」

なんでこの二人の霊圧が衝突しているのか見当の付かない。日番谷は松本にここに残る様言い残し、執務室を飛び出していった。





莫大な霊圧の放出により、近辺の建物は軋み、側に居た平隊員は意識を失っていた。正直、これは異常事態とも取れる出来事。

しかし誰も止める者が居らず。

今の二人にはそんな事は気にも止まらないらしい。張り詰めた霊圧を一旦沈め睨み合う。

「何や…あだけ偉そうに言ってた割には全然大した事無いんやね」
「くっ……」

カチャリ……――ポタッポタポタ…。市丸の足元に血が滴り落ちる。それは市丸の斬魄刀から流れ出ていた鮮血。

「情けないなぁ…」

ニィ、と口角を吊り上げ市丸は不気味に嘲笑う。その視線の先には膝に手を付いた、今にも崩れ落ちそうな阿散井の姿。

勝敗は歴然。
息一つ上げていない市丸が尚も可笑しそうに話しを続ける。

「副隊長はん、そんなんじゃ守りたいもんも守れんで?」
「?!」

一番聞きたくなかった一言。
悔しさが全身を駆け巡り体が震えだす。握り締めた拳は己の血液により真紅に染まっていた。

(畜生っ、傷一つ付けられねぇなんて。ほんと情けねぇ……)

意志と結び付かない体に嫌気がさす。

「終いや。さいなら」

滴る血が収まりかけた頃合に、市丸は斬魄刀を脇に構え霊圧を上げる。

「ち…くしょう……」

市丸が始解の言葉を言った様な気がした。意識が朦朧としてきた阿散井には成す術も無く。

切っ先が此方に向かい奔って来る。


あぁ…終わりか……。





キィーンッ!ザザザザ――…。

「……?!」

何が起きた?
既に、神槍に貫かれているであろう自身が何故今も息をしているのか。何より何故、刀の弾く音がしたのか。

地を見つめる阿散井の視界に小さな足が見えた。





「ッ、何やってんだテメーら…」





微かに聞こえたその声は、今は最も聞きたくない人の声で。










『情けないなぁ…』

先程市丸が放った言葉が頭の中を木霊する。痛み…ではない冷汗が阿散井の頬を伝い落ちた。

ゆっくりと、俺の前に立つ『その人』を見上げる。
とても小さな背中。だけど大きくて。

「日番谷…隊長…」

身の丈ほどある刀を握り締め、日番谷は市丸と阿散井の間に立っていた。

「馬鹿野郎っ、何でこんな事になったんだよ!!」

当然の問い掛けだが、どちらも答えない。日番谷は翡翠の瞳に市丸と捕らえると、尚も問い掛ける。

「市丸、状況判断くらい出来ないのか?」

やはり市丸は答えない。日番谷の表情が険しくなる。



暫くの沈黙の後、口を開いたのは市丸だ。

「阿散井はんを庇うねんや」
「おい…」

ゆらゆら……。
市丸は右手に掴んでいる斬魄刀を揺らしている。





ゆらゆら――


ゆらり、ゆら―――……。





「へぇ…」
「市丸……ッ?!」

突如市丸が視界から消えた。






――――……。

音はしなかった。
ただ、俺の顔に降注いだ鮮血。


日番谷に寄り添う市丸。
幼い少年の肩に光る何か。

市丸の顔には、笑顔。


徐々にその肩が朱に染まり、





グチャリ。
鈍い音が耳に響く。

「日番谷隊長ッ!!」

俺は咄嗟に声を張り上げる。

ポタッ…ポタッ――。
日番谷は市丸の斬魄刀により肩を貫かれていた。


そこは、未だ完治のしていない虚閃による傷がある場所で。


第三章 End



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