「ここだな…」
「確かに…僅かだけど虚の臭いが残ってますね」
最後に連絡のあったその場所へと到着した。誰もが真剣な面持ちで辺りを見渡す。
「……居らんみたいやね。どっちも」
日番谷の心臓がドクリ、音を立て跳ねる。
「あぁ…」
予想はしていた。しかし、現状を目の当たりにすると流石に辛い。
「暫し様子を見よう…」
朽木のその一言で、全員霊圧を鎮め虚の襲撃を待つ。嫌な沈黙に誰かがゴクリ、生唾を呑む。
待つ事数十分。
突然、空間が漆黒に歪み始めた。
「…来られはったみたいやね」
お互い背中を合わせ、皆一斉に臨戦態勢へと入る。
「スゲー数だな…」
軽く20体は居るであろう虚群に全員を中心に囲まれてしまった。だが、所詮は雑魚。臆する事なんてない。
「隊長、こいつ等は俺達副隊長に任せて下さい」
余裕の表情の阿散井が一歩前へと歩を進める。続く松本と吉良も余裕の表情を見せ、己の隊長の前に立つ。
「ええんちゃう?」
「あぁ」
「うむ」
各隊長の返事を聞き、三人は残魄刀を解放した。
頭脳の働かない虚は一気に押し寄せ昇華され、瞬く間に姿を消していく。
だけど。
何かおかしい。
確か何か能力の持った虚が居たはず。
嫌な予感がした。
日番谷はふと、松本の方を見る。最後の一体を丁度消した所だ。
昇華されて行く虚が光に包まれると同時に、松本の後ろの空間が突然裂けた。
「逃げろッッ松本!!」
空間が裂けると共に、一本の光が松本に向かい奔って来た。本人はは何が起きているのか判らず、唯静かにその光を見詰めている。
ヒュンッ―――ドォォォンッッ―――!!
凄まじい砂埃が当たり一面に舞い散り、視界を塞ぐ。
「乱菊さん!」
阿散井の叫び声が響く。
「……虚閃だ」
ポツリ、誰が言ったのか。
唐突な襲撃に驚く素振りも見せず、ただ音も無く舞上がる砂煙を眺める事数秒。
砂埃が徐々に納まり、人影が覗き始める。そこには、呆然としゃがみ込む松本の姿。
全員、松本の無事に安著の意を示す。…が、
「っ隊長!!日番谷隊長!!!」
阿散井はある一点に目掛け駆け寄る。しゃがみ込む松本より少し離れた大きな窪みの中、今まで自分の横に居た筈の人の名前を叫びながら。
目を凝らし阿散井が抱き上げた少年を見る。
顔は痛みによる物だろうか酷く歪んでいて、目線を下へと降ろしていくと左胸辺りの隊長服が血により真紅に染められていた。
納まりきらなかった血痕が指より伝い落ちる。
「日番谷はん!!」
やっとの事で正気に戻った市丸は、慌てて駆け寄ろうとしたその瞬間。また空間が歪み始めた…。
「……大虚?」
歪みに気を取られていたせいで、気付けば市丸、朽木、吉良の三人は新たな虚に囲まれていた。
「成る程…報告があった虚とはこやつ等だったって事だな」
朽木は冷静に事の重大さを理解する。
「散れ、千本桜」
「射殺せ、神槍」
「面を上げろ、侘助」
三人は一斉に残魄刀を解放した。
大虚級の虚と言えど、隊長格が本気を出せば大した事は無い。瞬く間に、その数を減らしてゆく巨体の群れ。
「………」
討伐中に視線を逸らす事、其れは即ち死を意味する。そんな事は百も承知の市丸だったが、無意識に向かう視線は崩れ落ちる少年へ。
「日番谷隊長…」
力無く項垂れる体を離さないよう抱き締める。すっぽりと包み込める小さな体に、改めてこの人はまだ子供なのだと気付かされる。
「……ワリィ」
未だ流れ続ける血液。兎に角、このままでは駄目だと判断した阿散井は、日番谷を抱き上げ木の根元へと連れて行く。
「もう少しだけ、我慢して下さい」
そう言うと阿散井は放心状態の松本を揺さ振り正気に戻し、このまま二人で尸魂界に戻る様に伝えた。
「四番隊には伝えておきますから」
こんな時、自力で救命措置が出来ない事を悔やむ。守ると言う言葉の大きさを痛感し、役に立てない自分を恨んでみたり。
「迷惑かけたな…」
「大丈夫です。安心して下さい」
阿散井は出来る限りの笑顔で答え、少年を安心させる。
そうこうしている間に松本が尸魂界への門を開き、日番谷の元へ駆け寄ってきた。
「隊長…行きましょう」
「あぁ…」
阿散井が見守る中、二人は吸い込まれる様に門を潜り消えていった。
辺りは未だ霊圧がぶつかり合い空気が軋んでいる。
「……ふぅ〜ん」
「市丸隊長?」
余所見なんて珍しいなと思ったが、市丸隊長にとって日番谷隊長という存在はかなり大きくて。
本当は自分が介抱したかったに違いない。
そう考えた瞬間、何か嫌な感じがした。
そして目だけで視線を辿れば、案の定市丸隊長は阿散井君を冷やかに睨みつけていて。
「イヅル…さっさとこいつ等消して早よ帰ろ」
「えっ、はい」
暫くして滞りなく虚群を昇華し終えた四人は、喜び合う事もなく急ぎ足で尸魂界へと戻って行った。
尸魂界に着いた市丸と朽木は、総隊長への報告の為一番隊へと向かう。
阿散井は朽木に許しを貰い四番隊舎へ。
吉良はあの市丸の視線を思い出し、慌てて自分も付いて行くといってこの場を後にした。
「乱菊さん…少し休んだ方が」
「私の心配は要らないわ…迷惑を掛けに行ったみたいなものだから」
四番隊舎に着くなり、松本はソファーに座り泣きじゃくっていた。阿散井と吉良の二人で何とか宥め賺せ今に至る。
「自分を責めない方が良いッすよ?」
「私があんな事言わなければ隊長はあんな怪我せずに済んだのに」
「後悔したって仕方が無いじゃないっすか、今は隊長が目を覚ますのを待ちましょう」
「…そうね」
ちょっと外の空気を吸ってくる。そう言って松本は四番隊舎を離れた。
「吉良、喉渇かねぇ?」
「そうだね、じゃ僕がお茶でも持ってくるよ」
「悪ぃな」
こうして吉良も隊舎を離れる。
「日番谷隊長…」
今この部屋に居るのは俺と、隊長の二人っきり。邪魔をする者や、隔てる壁も何も無い。
「守れなかった…」
眠る日番谷の小さな手を取り握り締め、ヒンヤリと冷たい感触に眉を顰める。
「…隊長」
意識はしていなかった。
だけど今の俺の唇は日番谷隊長の唇と重なっていて。
交わる部分が暖かい。
「唇…柔らけぇー…」
名残惜しむ様に、そっと自身の唇をなぞる。
「やっぱり俺、隊長の事――」
阿散井が何かを言おうとしたその時。
「ただいま、阿散井君。冷たいので良かった?」
「んあっ?!吉良…、ああっ冷たいの?そ、そうそうそれが欲しかったんだぁ〜」
視線が右往左往と定まらず、誰から見ても判る明らかな動揺。
「どうしたんだい?そんなに焦って…」
「何でもねーよ。ってか、早くそれよこせ!」
「ちょっ、阿散井君」
「ふんっ」
誰にも見られなくて良かった。ほっと胸を撫で下ろし、ぐびぐびと茶を流し込む。
誰にも見られていなかった。
それは吉良限定だったようで。
「阿散井はん…漸く本性出しはったな…」
救護室の向い側、三番隊舎の屋根の上に市丸はしゃがみ込み此方を見ていた。
目を開き、何を考えているのか判らない笑顔を見せて。
「ん……」
体が思う様に動かない。麻酔のせいだ。
「隊長?!」
「…松本」
重い瞼をこじ開け、呼び掛けられた方へ顔を向ける。
「良かった…体は痛くないですか?」
今にも泣き出しそうな松本。何時も綺麗な金髪が乱れ、疲れてるのか顔色が悪い。
「痛くない…」
傷口はまだ完全とは言えないが塞がっている。強く押さなければ、微々とも痛みを感じない。
「すみませんでした…私のせいで…」
「気にするな。俺はなんとも思ってねぇ」
「でも…」
「お前は俺の副官だろ?俺が守るのは当たり前の事だ」
「隊長…」
我ながらなんて恥ずかしい台詞を吐いたんだろう。耳まで赤く染まった顔を見られない様に、腕を組みそっぽを向いて。
「っっ大好き!隊長〜〜!」
「うわっ、痛いっ!離れろ松本っ、傷口が開く!」
「離しません!っもう、本当に愛してる!」
豊満なバストに挟まれ揺す振られ、日番谷が怪我人だと言う事を忘れているに違いない。
「乱菊さん!隊長の傷が開きますよっ」
慌てた吉良が制止に入る。
「あ〜!次、俺がする!乱菊さん代わって下さい!」
「阿散井君!君も何を言うんだよ!」
「良いわよ〜でも一回だけなんだから!」
「おい何だよッ!一回も駄目だ!傷口が開くから離せー」
「やった!乱菊さんの許しを貰ったから安心して抱き締めれるぜ」
「…あ、傷口が開いた」
吉良が口をあんぐりと開けて指を指す。皆の視線は吉良が指し示す日番谷の肩へ。
「…あはっ、御免ね隊長」
「ばっっっ、馬鹿野郎ー!如何してくれんだ!痛ぇーんだぞこれ!」
そんなこんなで、開いた傷口は卯の花に再度小言を言われながら治療して貰い、日番谷は無事復活を成した。
そうして、阿散井と吉良は自隊へと急いで帰り、日番谷は松本に連れられて十番隊舎へと戻って行った。
「市丸隊長、ただいま戻りました」
「お帰り。どやった?日番谷はんの様態は」
息を荒げて隊舎へと戻ると、珍しく隊長椅子に座った市丸が出迎えた。書類に目を通していた訳じゃなさそうだから、きっと落ち着くために座っていたのだろう。
「はい。日番谷隊長の怪我は無事回復して、今は十番隊執務室に居ると思います」
「そっか」
「…え?そっかって、行かれないんですか?十番隊に」
「行くよ?そんな急かさんでもええやん」
「……?」
てっきり、すっ飛んで様子を見に行くと思っていた。いや、行くに決まってる。
やはり先程の討伐の時から何だか様子がおかしい。あの時、何か不自然な事があっただろうか……。
単に思い違いなら良いのだけれど。
「今、お茶の用意しますね」
「悪いな」
十番隊舎へと戻った日番谷と松本は、ソファーに腰掛けひと時の休憩をする事にした。
「松本、総隊長への報告は誰が行ったんだ?」
「市丸隊長と朽木隊長とで行きましたよ?」
「…そうか」
渡された茶を両手で抱え、日番谷は何かを考えている。暗い表情からして良い事では無いらしい。
「如何しました?」
「結局、隊員達は見付からなかったな」
「……そうですね」
人一倍責任感のある隊長だから。
全てを抱え込んでしまう隊長だから。
「仕方がありませんよ。最初の報告が間違いだったんですから」
「……ああ」
重い空気が立ち込め、どちらも口を開かなくなった。
そんな時、
「冬〜居る〜?」
執務室の入り口から緊張感の無い声が掛かる。
「市丸?」
「いいわよ、入んなさい」
松本が戸を開け中へ入るように招く。すると市丸は余所余所しく中へと足を踏み入れる。
「何だよ、何時もは勝手に入って来るくせに」
「そうやっけ?」
「で、何か用か?」
「別に」
「はあ?」
意味が分からない。
まぁ、何時もの事だけど。
「用が無いと来たらあかんの?」
「別にそう言う訳じゃ…」
「ほんなら僕は帰るわ」
「ちょ、ギン如何したのよ?」
そう言うと市丸は本当に帰って行ってしまった。何時もとは違うその態度に、眉間の皺をより深くさせ日番谷は首を傾げる。
「何なんだよ…」
でも…ハッキリとはしないが、何処となく怒っていた様な。
醜態を晒したからか?
のこのこと帰ったから?
報告もせずにここに居たからか?
兎に角、このままでは気になって仕方がない。日番谷は市丸の後を追う事にした。
「ったく…何を怒ってんだよ」
外に出た日番谷は市丸の霊圧を探り居所を突き止める。
「何であんな所に?」
瞬歩を使い市丸が居るであろう場所へ急ぎ。
「見つけた…」
そこは、隊舎より少し離れた雑木林。手入れも然程されておらず、景色を見るには程遠い雰囲気。
「市丸…」
何をする訳でもなく唯突っ立っている市丸に声を掛ける。
「冬…どうしたん?」
「それはこっちの台詞だ」
「何でやの」
市丸は片方の眉を顰めて首を傾げる。それを見て、日番谷も同様に疑問の表情で首を傾げ。
「…お前変だぞ?」
「そう?」
何時もより一層の笑みを含み、ゆっくりと市丸が近付いて来る。笑っているのに無表情というのはこんなにも恐怖を感じるものなのか。
「なぁ……冬、ここでしようか」
「市丸……?」
言葉を理解するよりも早く、市丸が覆い被さって来た。圧しかかる体に抵抗の隙は無い。
「やだ、止めろっ…市丸!」
「冬、あんま大きな声出したらあかん。人が来るで?」
「…っ」
「…ええ子やね」
日番谷を組み敷き、着物の合わせ目に手を這わす。細く長い市丸の指が情事を思い出させて。
「…本気?」
「あたりまえやん」
「でもこんな所で」
「関係あらへん」
日番谷はまだ何か言いたげで、でも市丸はそれを許さず口を塞ぐ。
「ぅんっ…」
始めは軽い口付け。そして徐々に舌を中へと押し進め、日番谷の口からは飲み込めなかった唾液が伝い落ちる。
「ぁ…はぁっ…」
呼吸が巧く出来ない。段々と苦しくなってきて市丸の背中を懸命に叩く。だが市丸に止める気配は無く、更に合わせ目に入っていた手を徐々に下へと降ろしだした。
「ふっ、ぅうんっ!」
市丸の手の中にスッポリと納まったもの、それは小さいながらも反り立った日番谷の雄。
「キスだけでこんなにして…冬は淫乱やなぁ」
ケタケタと可笑しそうに笑う市丸は、重なり合っていた唇を一旦離し唇から顎、喉から鎖骨へと順に舌を這わせた。最後は小さな突起へと辿り着き、時折噛み付きながらも愛撫していく。
「ぁあっ…ぃやっ、ぁっっ」
一気に攻め立てられ、喘ぎを抑える事ができない。快楽を求めだせば羞恥心など無くなり、腰を淫らかにくねらせ雄を昂らせる。
「冬、気持ちええ?」
「やぁっ、ダメっ…も、でちゃ…うっ」
日番谷の何時もの合図だが、市丸は何時もの様に直ぐには楽にしてやらなかった。
「そろそろ時間やねんけど…」
この時間になると必ずここへやって来る人物。そいつに合う為に此処に来たのだ。
「…やっと来た」
「ふぇ?」
「あぁ、冬ごめんな。今気持ち良ぉしたるからな」
ニイ、と歯を見せ市丸が笑った。日番谷は何が起きるか判らないまま、ただ市丸から与えられる快楽に酔いしれていた。
第二章 End
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