たった今昇り始めた朝日はキラキラと水面を照らし付け、今日という日の始まりをこの瀞霊廷に住む住人に知らせる。
十番隊隊主室。
一人の女性が襖を前に仁王立ちしていた。
「隊長、起きて下さい。定例集会始まりますよ?」
普段は良く寝坊をするここの副官、松本乱菊が大声を張り上げ呼び起こす。
「……今行く」
のそのそと瞼を摩りながらでてきたのは、隊長の日番谷冬獅郎。目の下に薄らと浮ぶ隈が寝不足だと言う事を知らせてくれて。
「眠ぃ……」
昨日も夜遅くまで仕事をしていたので、流石の日番谷も欠伸が止まらない。
「もう、他の隊員達も見てるんですから!」
日番谷が恨めしそうに松本を見上げる。その目は、明らかに何かを言いたげで…。
「あっ!やだ隊長、昨日の事言いたいんですか?」
「別に…」
「だって隊長がたまにはって了解くれたんじゃないですか!」
「そうだったか?」
昨晩、松本は集まりがあるとかで定時に執務室を出た。何もそれが悪いと言ってるんじゃ無い。その後が問題だ。松本が部屋を出る直前、緊急に書類を上げて欲しいと九番隊の奴等がやってきた。その書類を仕上げるのに昨日夜遅くまで掛かったのだ。
「もう!そんなに怒んないで下さいよ」
見上げた松本の表情は、視線を逸らすでもなく見詰めてきて。困った様な、と言うか逆切れの様な顔で松本が謝罪する。
「冗談だよ。何とも思ってねーって」
「もう、隊長の意地悪」
そんな他愛も無い話をしながら、二人は仲良く集会場へと向かった。
集会場へと着くと、そこには日番谷の十番隊以外は既に全隊揃っていて。
「日番谷はん!」
うげ…朝からこのハイテンションはちょっとキツイ。日番谷はあからさまに顔を歪ませ、目を合わせない様に顔を横へと向けた。
「おはよーさん!今日も変わらずベッピンさんやな」
昨日、仕事が終わり日番谷に会いに来た市丸。恋人に会えると喜び勇んで向かったは良いが、手を掛けた襖は開く事はなかった。
その理由は直ぐに判明して、内から鍵を掛けられわざと開けられないようにしてあった。当然会話なんて無かったから、今朝の市丸は何時も以上にベタベタくっついて来る。
「おはよ…」
パシッと市丸の手を撥ね退ける。面倒臭そうに溜息を吐いた日番谷は、恋人なんてお構い無しにそのまま自分の席へと着いた。
「之より定例集会を始める」
山本総隊長の元気な声で集会が始まった。睡眠不足の日番谷には煩い位の声だ。
各隊の副隊長等が自隊の報告を始める。それを聞いての意見交換。
何時も通りの集会……の筈が。
ダダダダダダダッッ――――。
その足音はこの集会場の前で止まった。
「隠密機動裏挺隊、四十六室よりの緊急伝令につき報告に参りました」
四十六室の緊急伝令。一瞬、辺りに奔る静寂。
「うむ、入れ」
山本総隊長が身を乗り出し応える。
「失礼します」
集会場に聳え立つ、重厚感のある扉がゆっくりと開けられた。
外の光が室内に降り注ぐと共に、全隊長等の視線が一人の男に向けられる。
「一体如何したと言うのじゃ…」
眉間に皺を寄せた山本総隊長が訝しげに問う。しんとした沈黙が緊張を増幅させる。
「先程現世の方で大虚級の虚が数十体確認されました。霊圧の消せる能力持ちも居るらしく、しかし大虚までには到底及ばない固体のみ。王族特務を出すまでは、と思案した四十六室が護廷十三隊隊長を現世に向かわせろ、と」
伝達が終ったのか、裏挺隊の男は下を向き承諾の言葉を待つ。
「大虚級の虚……?」
一時の間を置いて集会場は騒然としだし、その虚に興味を示すものや無関心なもの、それぞれが想像内での事を個々に口に出していた。
「ちょっと待て!」
集会場に緊張が奔る。
突然の事に驚きながら、視線は発信源の少年に向けられて。
「どうした……」
穏やかに、総隊長が日番谷へと言葉を掛ける。
零れ落ちるのではないかと思う位に瞳を開き、動揺を隠し切れないのか口を開けたままの直立。
「今……今現世に行っているのはうちの隊員達だ…」
「隊員は…十番隊員はどうなったんだ…」
日番谷の大きな瞳がさらに開く。声は微かに震え、隠し切れない動揺が容易に伝わった。
「は、報告のあった時はまだ数名生存していたと思われるのですが、その後一切の連絡が取れなくなりましたので全滅かと…」
しっかり聞いていないと聞き取れない程の声。
日番谷の顔は見る内に青褪めていく。
「兎に角じゃ、隊員等の安否確認が第一、後、現世での虚についての明確な報告が必要。唯、大虚級の虚であるなら霊圧を察知し襲撃して来るのは必至」
全員、総隊長の話を固唾を呑んで聞き入る。が、大半は次に来る言葉を予測できているようで。
「その為にも迎撃できる者が向わねばならん………判るな?日番谷十番隊隊長」
名指しをされた本人。
日番谷は小さく頷いた。
「あかん!」
静寂を打ち切るかの様に市丸が立ち上がる。日番谷含め、全員が突然の事に目を丸くした。
「あかん、あかんあかんっ!」
ブンブンと頭を横に振り、滅多に見ない真剣な顔付きで会話に割入って来た。
「何じゃ市丸、言いたい事があるなら早く言えば良かろう」
流石の総隊長も不思議そうに眉を顰め問い質す。
「あかんよ!大虚級の虚ですやろ?しかも数は数十体…いや、もっと居るかもしれん。そんな所に十番隊長はん一人で向わせる訳にはいきません!せやから、僕も現世行きます!」
ハァ…。
突然何を言い出すのかと思いきや。日番谷の口から今日二度目の溜息が出た。
「現世の状況を確認するだけだ。俺一人で行って来る…」
「一人で行くって…山本のじーさん言ってたやないの、虚の襲撃は必死やて」
市丸はどうしても付いて行きたいらしい。心配してくれるのは有難いが、自分を一隊長として信用していないのかと思うと腹立たしい。
「大丈夫です。日番谷隊長は私が命に代えても守りますから」
意を決したのか、普段よりワントーン低めの声で松本が会話に入ってきた。
「なっ、松本!?テメーはここに残れ」
「嫌です。隊長に何か遭ったら私如何すればいいんですか?」
「せや。十番隊長はんが死んだら、僕も死んでまう!」
「死ぬって…だから現世に確認に行くだけだって…」
「副隊長は何時だって隊長の側を離れるわけにはいかないんです!」
昨日はさっさと帰った奴が良く言うぜ。日番谷は反論するのも疲れたのか、ガックリと肩を落とし黙り込んでしまった。
と、その時。
「ぺいっっ!!」
山本総隊長の一括だ。何度聞いても迫力のある一声には尊敬の念さえも憶える。
「勝手に話を進めるでない童共!誰が一人で向わせると言うた。落ち着いて聞けい!」
ガンッ!
杖を地面に叩き付ける。
「申し訳ございません…」
唐突な事に驚きつつも、松本は総隊長に向き直り深く頭を下げ謝った。
「じゃ、誰と行きはりますの?」
物怖じしない性格の市丸は謝るよりも寧ろ、仰け反りながら反論する。
「そうじゃのぅ…まぁ、お主が行くと言うたのじゃから市丸にも行って貰おう」
「ほんま!」
徐にガッツポーズを見せびらかす。一方、日番谷は舌打ちを小さくかました。
「あとは…朽木、頼むぞ」
驚く素振りも見せず、ただ静かに頷き返す。
「決定じゃな。現世組はこの後、至急準備をし再度此処に戻って来て貰う。それから出発じゃ」
真剣な面持ちの三人はめくらばせをした後、総隊長に向き変えしっかりと頷いた。
「以上で解散する」
気を付けて…。
肩をポンと叩き、各隊の隊長等はこの場を後にした。
「隊長…お願いがあります」
執務室に戻ると、突然松本が深刻な面持ちで話し掛けてきた。
「何だ?」
「本日の任務私も付いて来て良いでしょうか?」
何を言い出すかと思えば。日番谷はフゥーっと息を吐き肩を落とした。全く、今日はやたらと溜息が出やがる……。
「駄目だ」
当然な言葉。だが、此処の副官は諦めが悪い事で定評だ。
「何故です?私は副隊長として最前線に立って隊長を守るという任務があります」
「今日は三番隊と六番隊の隊長と行くんだ。何も心配する事なんて無いだろう?」
一瞬松本が怯む。が、これもあっと言う間に立ち直る。
サラリ金髪をかき上げ、表情一新に笑顔を見せて。
「それでは、隊長等の剣舞を学ばせて頂きます」
「何だそれ……。やっぱりお前、唯付いて来たいだけなんだな」
日番谷は眉間の皺を一層深い物にし睨み付ける。対する松本は笑顔こそあるものの、その目は真剣そのもの。
お互い一歩も引かず、暫しの沈黙。
「ええやん。乱菊も行きたがってんのにそない苛めたら可哀相やで」
「市丸?!テメー何時から居やがった!」
今までわりと真剣に松本と睨み合っていたせいか、市丸の霊圧に全く気付かなかった。
「ギン!!あんた偶には良い事言うじゃない」
「なんや"偶には"は余計や」
あぁ…何か嫌な予感が。望まない人物の登場に、日番谷は頭を抱えながらトボトボとソファーへと腰を落とした。
「あっ、あの…日番谷隊長!!」
ん?
顔を上げた日番谷は、滅多に見ないその顔を少々驚いた感じで見上げた。
「吉良…お前、何で此処に?」
ペコリと頭を下げた吉良は、一旦市丸へと視線を送り何やら了承を得て話し始める。
「あの…本日の任務、僕も行かせて貰う事になりました」
なんて事だ。ヤバイ……本当に頭が痛くなってきた。
「これで決まりや!ほな、行こか」
「ちょっと待て!皆で現世行ったら執務どうすんだよ」
「そんな心配いらへんよ。皆で戦えば虚なんてチョチョイのチョイや」
市丸は身振り手振りおちゃらけた感じで説明してくる。
「チョチョって…」
「せやから早よ虚やっつけて、早よ帰れば問題なし!んで、僕と日番谷はんは午後からイチャイチャするんや」
満面の笑みの市丸は日番谷の腰の辺りに抱きつく。少年の眉間の皺が一気に深さを増す。
「……だから吉良の同行を許したんだな」
「あ、バレしもた?でも、ほんまに大勢で行った方が何かと安心やで」
全く…変な所での統率力だけは持ちあわせてる奴だな。
まぁ確かに市丸の言う通りかと考え直した日番谷は、横目で吉良と喜び合ってる松本を見て未だ抱きついている市丸の腕の中でグッタリと肩を落とした。
集会場に戻った一行。
そこには既に六番隊の朽木……と、阿散井の姿。
「お疲れ様です。本日の任務に阿散井恋次も同行させて頂きます」
見た目とは裏腹に礼儀の正しい阿散井は、俺と市丸に深く頭を下げて挨拶をする。つられて松本と吉良も朽木に挨拶をした。
「なぁ〜んだ。結局、隊長副隊長で現世に行く形になったんじゃない」
必死に訴えた自分が馬鹿みたいと松本はブツブツと愚痴る。聞かされる吉良は如何したもんかと困り顔。
「朽木、よく阿散井の同行許可したな」
「ほんまや、六番隊長はんは決まり事に厳しい人やから一人で来なさる思うてたわ」
「……兄等と考えは同じだ」
毎度の事ながら冷めた返事。これ以上の質問は止そうと心に決めた二人であった。
副隊長が同行する事を含め、再度報告を確認し合い、総隊長への挨拶も済んだ一行は現世への入り口を開く。
「日番谷隊長、朝の集会始めに欠伸してましたけど寝不足っすか?」
断界を歩きながら心配そうに阿散井が聞いてくる。
「あぁ、ちょっとな…。でも今は大丈夫だ」
「なら良かったっす。でも無理は禁物っすよ?まぁ、もしもの時は俺が隊長を守るんで安心して下さい」
「何だそれ。俺を守るなんて100年早ぇよ」
松本とつるむ事の多い阿散井は何度も十番隊に訪れており、日番谷との距離も他の者よりは幾分近い。
だからか、互いに掛け合う言葉も硬くならずに素直に伝える事ができる。
そんな他愛も無い話を面白くなさそうに見詰める市丸の表情からは、徐々に明るさが失われていった。
第一章 End
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