降頻る雪のせいなのか。

無音。
それが正しいかのような静寂。

人の気配すらもない、今。
時刻は深夜の0時を回った頃。

求愛 / 第一話



「んっ…あぁっ…」

水音の響く室内。
ガサガサと布の擦れる音。

外とは正反対に音が充満する一室。
室内には明かりは灯っておらず、外の白により薄らと明るい。

「やっ…くすぐったい」

部屋の中央で重なる大小の影は、丸く小さく重なり温もりを求める様にさらに抱き締めあった。
響き渡る水音は更に激しさを増し、

「あっはぁっ……ぁんっ…」
「大分解れて来たみたいだね」

深くキスをして、藍染は自身の袴を脱ぎ捨てた。





と、





キシ…キシ…。
僅かに聞こえた誰かが廊下を歩く音。それはまさに今、この部屋の前を歩いていて。

「シロ、愛してるよ」
「ふぇ……隊長?」

その一言を言い終えると、藍染は日番谷の耳を覆い舐め上げる様に唇を重ね。

「んあっっあああっっ…!」

少年の蜜で濡れたそこを貫いた。





ギシギシ。
ヒタリ、ヒタリ。
ギシギシ。





一気に奥まで入り込んだ大人のそれに日番谷は喘ぐ事しか出来ず、その間にも廊下を歩く音は消える事無く、寧ろ止まっている様に感じれた。

「あ、ああっ…やっ」
「もっと声を聞かせて」
「ぅあっ…はっ…ああっ」

未だ耳を押さえて、少年には外の音を聞かせない様に。だが、声だけは出せる様に。





「いい声だ。……そう思うだろ?」





誰に言ったのか。
しかし、藍染のその言葉が聞こえたのか如何なのか、止まり掛けていた足音は再度動き出し闇に消えていった。

「ああっ、やだっ…手離し…てっ」
「おっと、御免よ。ほらおいで」

塞ぐ手を外し、背中を支え体を起こす。少年が一番好きだと言う体勢。座って向き合ったままの座位。

「んあっ…たいちょ…だめっ」
「こら。二人っきりの時は隊長じゃないだろ?」
「はあぁっ…んんっ…惣右介っ」
「いい子だ」

身長、体格、全てに差のある二人。日番谷は行為に及ぶと完全に体に力が入らないらしく、座位だと通常は動いてもらわないといけない所を、殆ど無いに等しい体重のお陰で藍染一人ですんなりと出来てしまう。

上下に揺さ振りグチュリグチュリと水の音。其れを掻き消す甘い声。





「シロは僕のモノ………残念だったね…ギン」

外は薄らと朝日が昇り始めていた。















外は完全に日が昇り、障子戸から漏れる日差しが寝起きの目を刺激する。

「藍染隊長、集会の時間です」

襖の外から訛の掛かった男の声。

「ああ、今行くよ」

それに答える男の声。

ガサガサ。
身支度を済ませる音が眠る少年の耳に届く。まだ眠たいのか、瞼を摩り体を起こす。

「……たいちょ…う?」
「君はもう少し寝てなさい。僕は集会に行って来るよ」
「いってらっしゃい」

ゆっくりと体を近づけて、逞しい肩に手を添え頬に口付け。

「珍しいね。シロからキスなんて」
「そうかな」

頬に触れるだけのキスだけど、伝わる温もりは心を落ち着かせてくれる。そこに手を添えれば、無くしたくない感触。簡単に手を振って、藍染は部屋を離れた。





「おはようございます」
「待たせたね」

中を見られない様に素早く襖を閉めて、お互い愛想の無いお決まりの挨拶。そして、集会場へ向かうべく歩き出す。

「……昨日も出てたみたいだね」
「関係無いですやろ」
「元気な事で」
「藍染隊長には言われた無いですわ」

含み笑いを見せる藍染。その一歩後ろを歩く長身の優男、市丸ギン。
今は最強とされる五番隊を纏める二人。擦れ違う人々は皆足を止め頭を下げる。

「止めろ…とは言わないさ。そのお陰で彼に手を出さないんだからね」
「……意味がようわかりません」

再度、含み笑い。
そうこうしてる間に集会場へと着いた二人。以降、会話は無く淡々と集会は終っていった。










「ぅ〜…腰痛い」

藍染を見送った日番谷はその後眠る事無く体を起こし、昨晩の行為により重くなった腰を摩っていた。

窓から差し込む朝日。
雪こそ降ってはいないものの、気温は低く吐く息は白い。

このまま藍染の帰るのを待っていたいのだけど、一応自分も責任のある地位に立っている身。何時までもここでのんびりしている訳にはいかない。

日番谷は、枕元にたたんである自分の死覇装を取り身に付けた。
少しだけ恋人の匂いが移る衣服に頬を緩ませながら、髪を整え部屋を後にした。










「日番谷三席、おはようございます」
「おはよ」

席官室に入れば暖を取る人の姿。起きた後に冷えた体が温まる。

「雪積もったな」
「そうですね。でも今日はいい天気だし、雪は溶けますよ」
「だといいけど」

何時もの変わらない風景。
隊長を支える副隊長を更に支える重要な場所に位置するここ。甘い考えでは勤まらないのだ。それを理解したものだけが集う場所。

執務開始前に談笑して、少しずつ集まる席官等と本日の執務について話し合う。





ガラッ。

囲炉裏を囲み話し込んでる時だった。
緩やかに襖の引かれる音に皆の視線は其方へと集中する。

「おっおはようございます。市丸副隊長!」
「おはようさん」

勢い良く立ち上がり、直立不動の男共。日番谷はその素早さに取り残されてしまった。

「日番谷はん、ちょっとええ?」
「はい…?」

基本的に、隊長及び副隊長なんて来る事の無い場所。
一般死神は当然ビビッて畏まってしまうのだけど、隊長が恋人と言う事と日番谷自身物怖じしない性格も手伝って平然と呼ばれるまま歩み寄る。

「来週の討伐に連れてく席官三人ほど抜粋して欲しいねんけど」
「三人ですか?」
「そ。今日中に頼むわ」
「判りました」

軽く返事して、ぺこりと頷く。
それを満足そうな笑顔で見下ろす市丸。ふわふわのねこっ毛に触れる程度に頭を撫で、来た道を戻っていった。





「……市丸副隊長とは親しいのですか?」
「いや、これと言って」
「そうですか」
「何だよ突然」
「いや、副隊長のあんな顔見たこと無いから」
「あんなって?」
「幸せそうな顔」
「なんだそれ。ほら、執務始めるぞ」

本日分の書類整理に慌しい席官室。
特に日番谷は任される事が多く、目が回りそう。午後からは鍛錬場の使用許可も下りていて、早く書類を片付けようと躍起になる。





「じゃ俺、執務室に行って来るな」
「はい」

開始前に市丸によってお願いされた討伐の人員。必要書類に記入して、後は判子を押して貰うだけ。
本来なら至極面倒な事なのだけど、恋人に会えると言う特別な想いも混じって。日番谷は足取りも軽やかに、執務室へと向かって行った。















「五番隊三席、日番谷です。市丸副隊長は居られますか?」

五番隊執務室の襖の前。
中に居るであろう人を呼ぶ。

しかし返事は返らず、再度、先程より少し声を張り上げ名を呼んだ。

「入って良いよ」

やっと声が掛かり、襖を引く。
チラリと中を覗き見て。

「あれ、市丸副隊長は?」
「ギンなら一番隊に行ってもらってるよ」

サラサラと筆を奔らせながら、此方を見る素振りさえ見せないその男。部屋の最奥、大きな執務机に座る藍染の姿。

「追加の書類?」
「あ、違います。討伐要員の名簿です」
「そ、ならギンの机に置いときなさい」
「はい……」

思わず眉間に皺が寄る。
だってそれは余りにも冷たい台詞。当然の様に聞こえるけど、せめて目を見て此方を確認して言って欲しかった。

浮かれて来た自分が馬鹿みたい。

「藍染隊長…」
「御免、今忙しいんだ。急用かい?」
「いえ…」
「すまないね」

やはり此方を気にする素振りなんて垣間見れない。

初めてとまではいかないが、執務中にこの部屋を訪れる事なんてほとんど無かった。
二人っきりの時とのギャップが大きすぎて、チクリと心臓が痛い。

日番谷は小さく溜息を吐き、束ねた書類を指定された市丸の机へと置いた。そして、何も言わず黙って執務室を離れて行った。





隊長職が忙しいのは何時もの事。
だから……逢えただけいいじゃん。

今日の朝いっぱい優しくしてもらったから、そのギャップに少し驚いただけ。

分かってる。
分かってるのに……。





「寂しい…よ」

なんでそんな風に思うんだろ。
出会った頃からあの人は変わらないのに。



最近、何かと比べる自分がいる。



それはここ最近気付いた事。何になんて判らないからすっきりしない。
日番谷は自身の足元一点を見つめ耽りながら回路を歩く。





「あれ…日番谷はん?」

ボーっとしていたからその声に肩を震わす。しかし直ぐに顔を上げれば、あの笑顔。

「市丸副隊長…」
「あ、もしかして書類届けに来てくれたん?」
「はい。執務机の上に置いておきました」
「おおきに」

ニコニコと。
市丸は表情を変えずに歩み寄る。その笑顔を見れなくて、俺は自然と下を向いた。

「どないしたん……元気ないで?」

心配そうに屈みこまれてパチリ目が合ってしまった。途端、逸らせなくなった視線。何故か込上げる孤独感。





ポッカリ空いた心に。

あの人がくれないその隙間に。

貴方は惜しみ無く笑顔を向けるから。





「――っ!何でもありませんっっ」





視線だけで見透かされそうで、俺はお辞儀もそこそこに逃げる様に席官室へ戻っていった。


第一話 End



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