「冬〜お昼行こ〜」

毎度元気なこの狐。今日も満面の笑顔で愛しの恋人の元へ。

「悪い市丸……一人で行ってくれ」


「へ……冬………?」

発覚編



上機嫌で執務室に入ったのに、そこにはソファーに深く凭れ掛かる小さな少年の姿。額にタオルを当て、だるそうにこちらを見ている。

「隊長、ここ暫く具合が悪いの」

市丸の視界に松本が入る。手には新たなタオル。

「風邪なん?」

心配に眉を下げて、市丸は日番谷の座るソファーの前へ。

「大丈夫。疲れが出ただけだ」
「ほんま?」

そっと手を差し出して、頬に触れれば伝わる熱。

「隊長ったら、食欲無いって言ってご飯も食べないのよ」

横から口を挟む松本を、大きな翡翠が一睨み。心配なんですって口を尖らせ市丸を叩く。

「いたっ…なんやねん、乱菊」
「早く四番隊に連れてってあげなさいよ」
「言われんでもそうするわっ叩くなんて酷いやん」





そんなこんなで、俺は風邪なんて引いていないと駄々を捏ねる日番谷を何とか連れ出し、市丸が真っ直ぐに向かった場所は四番隊執務室。
隊長クラスは一般救護班に見てもらう事はせず、上級、もしくは隊長自らが診察する事になっている。

「卯ノ花は〜ん、おる〜?」

日番谷を脇に抱えて、市丸は返事も無いまま襖を開けた。

「市丸隊長っ!どうされたんですか」

中には副官の姿しか無く。

「あれ?隊長はんは?」
「席を外しています。直ぐに戻るとは思うんですが…」

判ったわ。
市丸は軽く手を上げ執務室を出て行った。



「あらっ市丸隊長?まあ、日番谷隊長まで」

丁度、部屋から出て体の向きを変えたところだった。そこには書類を何枚か持った卯ノ花の姿。目を大きくして両方を交互に見ている。

「丁度良かったわ。日番谷はん風邪引いたみたいやねん、ちょお診たってくれへん?」
「おいっいい加減降ろせよっ!」
「はいはい。ほな救護室行こうな〜」
「付いて来るなっっ!!」





ドタバタと部屋に入って、問診、触診、最新機器を使っての診察。一通りの事が終わって、卯の花は別室から戻ってきた。





「日番谷隊長、落ち着いて聞いて下さいね」
「えっ……」

神妙な面持ちの卯ノ花。
其れに釣られ、二人の表情が曇った。

まさか……重度の病気?!

「もう一度、精密な検査が必要なのですが…多分、日番谷隊長は………」

ゴクリ。
やけに静かな救護室に、唾を飲む音が響いた。










「日番谷隊長は……妊娠しておられます」










長い長い、間。
直後、あははと乾いた笑い声。

「なんや妊娠か。僕てっきり癌かなんかかと思ったわ。妊娠ね、良かったな〜冬〜って・・・・・・」

にこやかに横の日番谷を見た。その表情は人形の様に固まっていて。
市丸の中に、漸く浸透する言葉の意味。段々と表情が強張る。

「妊娠……!冬が妊娠ーーっ?!?!」

ガタタタンッッッ!
叫び声と共に、今まで腰を掛けていた椅子が大きな音を立てて床へと倒れた。

「い……市丸ーーー!!」
「はいーーーーっっ!!」

今まで身動き一つとらなかった日番谷が、声を張り上げ立ち上がり、呼ばれた本人は驚きに肩を竦ませながらも元気よく返事を返した。

「てめっ!俺に何しやがったっ!」
「なんでやっ僕は何もしてへんっ!」
「嘘を吐くなっ!こんな事するのはお前位しか居ねーんだよ!」
「そら、冬が子供生めたらなーなんて毎日考えるけど、今回のはほんまに何もしてへんって!!」

下から思い切り睨み上げて。日番谷は此処一の動揺を見せ始めた。仕舞いには暴れ出しそうになるもんだから、市丸はオロオロと静止するのに大忙し。

その間の卯ノ花は何をする訳でもなく、ただ静かに茶を啜って一息。

「はーなーせー!!!!馬鹿キツネッッ」
「あかんっ落ち着いてっ!そんな暴れたらお腹の子に悪いぃぃいいっっ」
「うっせーーー俺は妊娠なんてしてねーー!」
「いったーー!冬、どこ蹴っとんの!!」

ぎゃーぎゃーわーわー。
相変わらず、治まる気配の無い大喧嘩。
そろそろ止めないとと、漸く卯ノ花は湯飲みを置き、すっと立ち上がった。

と、その時。

「ふぉっふおっふおっ。相変わらずの仲の良さじゃの」

互いに掴み合った体制で、見ればそこには二人の姿。

忘れもしない、あの二人。

「……総隊長はんに、阿近はん」

凄く、すごーーく嫌な予感がする。それは予感ではなく、現実となる事を二人はまだ知らない。

「気付くのが早くてなによりじゃ」

うんうんと満足そうに頷いて、総隊長は後ろに阿近を付け部屋の奥へと進んでいく。

「あの…総隊長はん。……まさか…」

無意識に日番谷を自分の後ろに隠して、市丸は顔を引き攣らせながら笑顔で問い掛けた。

「儂は諦めが悪くての。それにコレはお主等にしても悪い話だとは思わん」
「って事は…」
「そうじゃ。あの薬を再度使わせて貰った。しかも少々、改良を加えてな」

にっこりと、それは笑顔に見えるが、目の中に炎を滾らせる位マジならしく。日番谷は声も出ないのか、市丸の陰に隠れて出て来ようとしない。
阿近はと言うと、無表情で揺ら揺ら例の小瓶を見せつけ日番谷を覗き込む。

「卯ノ花隊長、日番谷隊長を検査して気になる事は無かったかのぅ?」
「ええ。再検査は必要と伝えてありますが」
「うむ、それでいいんじゃ。日番谷は正式にはまだ妊娠はしておらんのじゃからな」

「……はい?」

それを聞いて、市丸と卯ノ花は眉間に深く皺を寄せ首を傾げる。一方、日番谷は恐る恐るではあるが、顔を覗かせ喜びの声を小さく洩らす。

「詰まりは、日番谷の体内で子供を宿す準備が出来た。それだけの事じゃ」
「準備……ですか?」
「日番谷が真に想う相手は市丸とは限るまい?」
「総隊長はん、それ如何言う事ですやろ」

確実に怪訝な表情を見せる市丸。しかし総隊長は、知った事かと言葉を続ける。


「これより性を交わした者が、日番谷との子をその体内に宿す」


結構な爆弾発言。驚きを通り越して呆れる二人。反面、あの二人は交互に顔を見やり満足顔。
ふるふる、市丸の手に伝わる振動。それは日番谷の肩からくるもので。

「ふっ…ふざけっっ――……!!」

今まさに怒鳴り掛かろうと声を出した時だった。日番谷の怒りを遮ったもの。
それは勢い良く開けられた襖の引かれる音だった。



「総隊長っ!」

振り向くよりも早く、室内に響く第3の声。
なんか前にも似た様な事が………。そんな事を考えながら、そちらを見れば、

「浮竹はんに乱菊、檜佐木はん、阿散井はん、雛森はんと藍染はんにイヅル、朽木はんまで…」

ズラリと並ぶあの顔この顔。ぞろぞろと救護室に入ってきて、例のメンバーが全員、華麗に揃い踏み。





「さ、日番谷よ。お前が選ぶんじゃ。己の伴侶に相応しいと想うヤツを、な」





急展開の出来事に。

「冬っ?!」

バタッッ。
日番谷は気を失ってしまった。遠くに聞こえる市丸の声も、もう完全に聞こえない。

End



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