秋も深まるこの季節。
総隊長の一言で決まった親睦会で、俺達は瀞霊廷の中心部にある飲み屋に集まっていた。

副隊長以上、つまりは各隊長のみの飲み会で、貸し切りのこの場所は異様な空気に包まれていて。

横恋慕



「帰りてぇ…」

自分の執務机にある期日の迫った書類の山を思い浮かべる。
今日一日あれば、それは容易く終わるだろうに。
なんでこんな時期に飲み会をする意味があるのか。

まあ、総隊長に意味を求めたって無駄だけど。

「帰るなんて寂しい事言わないでくれよ」
「藍染…」
「面倒なのは判るけどね」

入口付近で不貞腐れていた俺の横に、遅れて来た藍染が苦笑いを浮かべながら肩を並べてきた。

「大体、俺は酒が苦手なんだ」
「そうだったね」
「なのに酒場ってのが気に食わねぇ」
「ジュースもあるみたいだけど?」
「餓鬼扱いすんなっ」
「……やれやれ」

藍染は眉を下げながらも、自分の横で拗ねている少年の背を押して前に進める。多少の抵抗はあったものの、日番谷は座席のある奥へと歩を進めた。





「漸く揃ったようじゃの」

上座に堂々と座る総隊長が、満足そうに頷きをみせる。
それを合図に、全員が各々目に付いた席へと付く。

日番谷は襖の手前、直ぐにでも抜け出せる一番端に腰掛けて、藍染は総隊長に呼ばれ二人は極端に離れた位置になってしまった。



「帰りてぇ…」

再度呟いた心の叫び。
誰にも聞こえないように、小さく言った筈なのに。

「ほな、二人で抜けだそか」
「ッ…?!」

声は後ろから掛かって来た。
気配なんて感じなかったせいもあってか、驚きに身が震え止まった動き。

「市丸……」
「ご機嫌斜めな顔も可愛えな」

毎度の狐面を更に歪ませて、市丸は俺の真横に座布団を置いた。そのまま腰掛けたと思えば、俺の腰に手を回して身を寄せる。

「おい…」
「何もせぇへんて。それよか、僕良い事思いついてん」
「良い事ぉ?」

腰を抱く手が多少は気になったが、こんな大勢の前で何も出来やしないだろうと、取り合えず黙止。自身の口元に手を添えた市丸は、そのまま俺の耳元へと移動して何やら楽しげに言い始めた。


「あんな……――」


それは余りにも馬鹿げた提案。失敗すれば、総隊長の小言が待ち構えている事だろう。
そんな我が身を想像して、大袈裟な身震いが全身を奔る。

「駄目だ」
「何で?僕、演技力は抜群やで?」
「ならお前だけ抜け出せばいいだろ?俺には無理だ」
「ふ〜ん。……ほな、演技じゃなければええんやね?」
「はぁ?おい、市丸……?」

意味深な台詞を吐いて、市丸は何やら動き出した。横に座る卯ノ花に箸と取り皿を貰い、それを片手にテーブルへと身を伸ばす。
その先には、華やかに、そして豪華に盛り付けられている食材の山々。普通よりも大き目の取り皿に、零れんばかりに載せていき、市丸は満足そうに腰を落ち着かせた。

「ほら、日番谷はん。食べてな」
「え……あ、ありがと」

あれ?さっきの話はどうなったんだ?そんな事を微々たりとも感じさせない市丸の笑顔っぷりに、日番谷は首を傾げながらも再度黙止。皿に盛られている唐揚げや煮物に、思わず腹が鳴ってしまった。

腹は確かに空いている。
辺りを見渡せば皆適当に乾杯して飯を食っていて、藍染も総隊長に何やら言われながらも楽しそうに食事していた。

「市丸も食べようぜ」

そう言って、俺の為に取り分けてくれた料理の中から確か市丸も好きだと言っていた唐揚げを差し出した。市丸は嬉しそうにそれを口に運ぶ。モゴモゴと動く口を見ていたら何だか可笑しくなってきた。

「ははっ、何か市丸の食い方って面白いな」
「そう?日番谷はんはどうやって食べるん?」
「俺は普通だ」
「普通ってなんなん。僕判らへーん」

口を尖らせながら、その手には唐揚げが摘まれていた。

「止めろー!」
「まぁまぁ。ほーら、美味しいでー」
「ひっ、一人で食えるからっ!!」
「遠慮はいらへんって」

ドタバタと取っ組み合いをしながら、日番谷の口には市丸より貰った唐揚げが入っていた。組み敷かれた形で、日番谷はその唐揚げをモグモグ食べる。

「美味い」
「美味しいな」

顔を見合わせながら食べていたもんだから、つい笑って噴出しそうになる。慌てて噛んで飲み込めば、市丸は腹を抱えて本格的に笑い出してしまった。

「あっはっは。日番谷はん小動物みたいや」
「なっ!馬鹿にすんな!」
「馬鹿になんてしてへんて。可愛え言うてんのや」
「やっぱり馬鹿にしてんじゃねーか!」

今度は違う意味での取っ組み合いが始まった。横に居る卯ノ花は、おほほほとか呑気に笑って傍観している。

「なめんなッくそ狐!」
「君みたいなお子様に僕を動かす事なんて出来へんよ」
「ふ・ざ・け・ん・なッ!!いっぺん死んで来い!」
「死んだからココに居るんちゃうの?」
「テメーーー!!!」

おふざけが、そろそろ本気に切り替わろうとしたその瞬間。ダンッ!という机全体が振動する音と衝撃に、皆の視線は一気に音源へと向けられた。

「ギン、いい加減にしないか。シロも場所を考えなさい」

鈍い光を纏った眼鏡が、二つの銀髪を冷やかに見つめる。誰からでも判る怒り。
あの温厚な藍染だからこその驚き。

「……悪ぃ」

日番谷は素直に謝った。市丸も同様に頭を下げる。場は直ぐに元の賑わいに戻り、二人も食事を再開した。





「日番谷はん、お水飲む?」
「え?ああ、悪いな」

そう言えば、この酒場に来てから一滴も水分を飲んでない。聞かれて気付く渇きに、日番谷の小さな手は水の入った湯飲みを手に持った。
それを一気に流し込んで、ふと、水とは違う何かに気付いた。が、時既に遅し。
湯のみの中の水は一滴残らず無くなっており、その全ては日番谷の体内に入った事を確認させらられた。

「市丸……これ」
「ん?水ちゃうの?」

グラリと視界が歪む。
呑み慣れていない酒を一気飲みしたせいだ。

そんな俺を見て、市丸は笑っていた。何を考えているのか判らない、あの歪んだ笑みで。





「総隊長はん、ちょっとすんまへーん」

藍染と駒村と楽しそうに酒を飲み交わしていた総隊長を呼ぶ声。正反対の位置に居るもんだから、奇妙に首を伸ばして返事を返す。

「日番谷はんが酒飲み過ぎてつぶれてもうた」
「ほう、あ奴も酒がいけたのか」
「そんな筈は無い……ギン、君が無理矢理飲ませたんだろう?」
「人聞きの悪い事言わんといてや。日番谷はんは自ら酒を呑みはったんやで?」

市丸の膝上には、眸を虚ろにした日番谷が座っていた。それが気に食わないのか、藍染はゆっくりと立ち上がり市丸の懐から日番谷をすくいあげる。
日番谷の軽い体重はいとも簡単に移動を許して、今は慣れた恋人の胸の中に背を預けていた。

「シロ、大丈夫?」
「ん……」
「どれ位呑んだんだい?」
「……ちょっと」
「ちょっとじゃないだろう……」

呆れる藍染を知ってか知らぬか、日番谷は楽しそうに笑い出したかと思えば、急に顔面蒼白になって気持ち悪いと訴えだした。

厠へと向かおうと方向を変えた藍染を市丸は慌てて呼び止めて、振り返った藍染の怖い顔といったらなんの。まあ、自分の恋人にあんな事やこんな事されたら誰でも怒るわなとか、下らない事を考えながらも市丸は呼び止めたその人物に向かい言葉を続けた。

「僕も飲みすぎて気分悪いんや」
「それが?」
「日番谷はんは、僕が責任もって部屋まで連れて行きます」
「行かせる訳がないだろ」

バチバチ。
互いに飛び交う火花が勢いを増す。
とうの日番谷は必死に吐き気を我慢していて。
すると、その二人の間に割って入る第三の声。

「私が連れて行くよ。さ、冬獅郎こっちへおいで」

予想し得なかった人物の登場に、藍染も市丸もただただ目を丸くしていた。

「浮竹ぇ〜」
「よしよし。さ、部屋へ戻ろう」
「うん」

日番谷はするりと藍染の懐から抜け出し、浮竹の腕の中に納まる。そのまま総隊長に頭を下げて、二人は宴会場と化したこの場から姿を消した。



「そんな〜…。折角日番谷はんと二人っきりになるチャンスやったんに……」
「やはりそうだったか……」
「打ち合わせもバッチリやってん…」
「シロが承諾したとは思えないけどね。もし、そうだったら……お仕置きだね」
「そん時は僕も手伝います!」
「……させる訳ないだろ」

取り残された二人の言い争いを誰も相手にはせず。
親睦会と言う名の飲み会は、夜更けまで永遠と続いた。

End


三角関係は乙女のロマン☆

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