愛しい愛しい僕の子猫。
たとえ向かう道が違っても、心は一緒だと信じているから。

だから僕は安心して、君を裏切れたんよ。


運命が二人を別つまで、この思いは変わらない。

刃を交えるその日まで



「ほんま、いい天気やなぁ」

空は雲ひとつ無い快晴。秋晴れとでも言おうか、涼しい風が吹き抜け暖かな太陽の温もりが心地良い。
周りはガヤガヤと騒がしく、子供の戯れ合う声が響き渡る。
何故、市丸の周りに子供達の声が響き渡っているのか。

「全く、この学校ってのは煩くて敵わんわ」

市丸は今、現世に来て居たのだ。
藍染と共に尸魂界を裏切り、今は虚圏に居る筈の市丸が何故、現世に来ているのかと言うと。

「あ、冬みっけ〜」

愛しの愛しの子猫。十番隊隊長・日番谷冬獅郎に会いに来たからである。



市丸は虚圏と現世の丁度間の空間に立っていた。
魂魄なので人間には見えず、霊圧を完全に消しているので、あのウザッたい現世組みにも見つからない。

「死覇装の冬もええけど、あの現世の制服ってのはまた一段と可愛えなぁ」

ニンマリと顔を歪ませ満足そうに日番谷を眺める。

「あぁ、あかん。早よ冬に会って、あのちっこい体抱き締めたいわ」

そう言うが早く、市丸は学校の屋上へと下り立った。



屋上の柵に寄り掛かり、愛しいあの子に会う為の策を考える。

「冬の側には絶対誰か居るやろなぁ…特に阿散井はんは冬にベッタリやから…」

市丸は頭を抱え、ちょっとだけ真剣に考えた。

「こんな苦労すんなら冬を無理やりあっちに連れて行くんやった」

駄目だ…有り得ない考えしか浮かばない。





「お〜い、冬獅郎〜」

下から僕の子猫を呼ぶ声がする。

「冬獅郎言うな!!」

次に子猫本人の少し怒った声。

「なんや?」

市丸は身を乗り上げ声がした方を覗き込む。

「―――――?!」

突如市丸の目に飛び込んだ愛しいあの子のあられもない姿。

「ふ、冬?!なんて無防備な…」

視線の先には、膝より少し上の袴らしき履物に、檜佐木を髣髴とさせる程腕を露出した日番谷の姿であった。
まぁ、普通にハーフパンツの体育服なのだが。あっちの世界では死覇装が普通の姿、日番谷の足や腕なんて事情の時にしか見た事が無い。

「最悪や…」

市丸の中から嫉妬と言う名の感情が込上げる。

「冬の体見て良いんは僕だけやのに…」

ギリギリと柵を握り締め今にも飛び出していきそうな勢い。
とは言うものの、実際今は如何する事も出来ないので取り合えず黙って見守る事にした。

「うぅ〜辛いわ〜」

こうして市丸が居るとも知らず、下の方は呑気に何をしているのかと言うと、今は体育の時間で、このクラスは陸上競技を始める時だった。

「なぁ冬獅郎、勝負しねぇ?」
「いいぜ?」
「お、勝負?俺も混ぜてくれよ」

市丸の子猫に勝負を挑んだ男の名は黒崎一護。その横で騒いでいるのは、市丸が最も警戒している男、阿散井恋次。

「ただの勝負じゃつまんねぇから、罰ゲーム決めねぇ?」
「何だよ」
「そうだなぁ…負けた方が勝った方の言う事を一つだけ聞くってのは如何だ?」
「…ありきたりだな」
「うっせーよ」

何やら勝負を始めた三人を憎らしく見詰める狐が一匹。

「あー?!冬に触るな!!あんさん馬鹿かいな!!!」

空しすぎる程一人で罵声を浴びせまくる。

「冬〜……」





授業は順調に進み、準備体操が終った生徒達が数人ずつ前に並ぶ。

「…何が始まるんや?」

ちょっとワクワクしながらの見物。身を乗り出すその姿は、一見、保護者の様に緊張と楽しみが入り混じっている、何ともスッキリしない姿そのものだった。



「ってか、タイム競おうと思ったけど…一緒に走る羽目になったな」
「そうだな」

本日の競技は短距離走であった。次々と生徒達が走り出す。

「遅ぇ…」
「そっすね」
「お前等馬鹿か?あれが普通の速さなんだぞ」

基礎体力の違いを気にしない二人に、思わず溜息が漏れる。

「マジで?!ありえねぇ〜」
「おい、一応だけど…瞬歩は無しだぞ?」
「――……それ位知ってるよ。ね、日番谷隊長ww」
「お、おうっっ!!」
「嘘だ!!テメーら絶対忘れてただろっ?!」

危ねぇ〜…危うく、半端じゃ済まないビリで恥を掻くところだった…。

「おい、次のヤツ出て来い!!」

先生が笛を吹きながら呼び出してきた。

「ヤベ…俺達の番だ」
「よっしゃ、いっちょやったりますか!!」

三者三様、それぞれが思う事があるのだろう。三人は異様な笑顔を纏いながら位置に着く。そんな姿に、周りはたじろいだ。

「冬獅郎だけには負けたくないよな」
「まぁ、タッパ小さい分不利だから…負けられねーなぁ」
「……今言った事、後悔させてやる」

三人は臨戦態勢に入った。

「位置に着いて…よ〜い…」

パーンッとピストルを鳴らされ一斉に走り出す。

「よっしゃ〜……って…隊長、早っっ?!?!」

日番谷は圧倒的な速さでゴールに到着した。息も切らさず、さすがお子様。

「フンッ…見た目で判断したお前等の負けだな」
「後ちょっとだったのに…さすが隊長ッすね」

阿散井は羨望の眼差しで日番谷を見つめる。一方、一護は……

「ありえねぇ…この俺が負けるなんて」

結局、言い出しっぺの一護がビリという結末で納まった。

「罰ゲーム、忘れたとは言わせねーぞ?」

崩れ込む一護を、日番谷は口角を吊り上げ見下す。

「…判ったよ」
「素直だな」




体育の時間も終わり、生徒達はゾロゾロと教室へ戻って行く。次は、待ちに待った昼飯の時間。

「先行ってるぞ〜」

現世組の昼飯場所は屋上と決まっていたので、取り合えず三人は場所取りがてら先に行く事にした。

「隊長は今日の昼飯なんすか?」
「…プリン」
「は?」
「だから、プリンだ」
「ッッ隊長!!可愛いっす〜〜」

阿散井は思い切り飛び付く…が、

「おっと、危ねぇ〜なぁ〜」

一護が割って入る。

「一護〜!!」
「突然向き変えるお前が悪いんだろ??」
「くっ…」

正当な言い分に返す言葉が出ない。苦虫を噛締めて、何か言い返すことは出来ないかと考える……。ふ、と視線が合った。黒崎の目は笑っていなかった……次は無い、と無言の警告。
止まらない冷や汗に戸惑う阿散井を他所に、黒崎は自分の横にいる日番谷と会話を始めた。

「それより冬獅郎、そんなのばっか食ってっから成長しないんじゃねーの?」
「煩い。黙れ。大きなお世話だ」
「そんな怒んなよ。背ぇ小せぇのは本当の事だろ?」
「……この場で殺ってもいいんだぞ?」
「へいへい…」

そうこう話している内に屋上へと到着した一行は、ドアノブに手を掛け外への扉を開けた。


「―――?!???!」


突如目の前に飛び込んできたもの……。
思いもしなかった光景に三人は目をパチクリとさせる。





下を向いているので顔は確認できない。だけど、その顔を隠す銀色の髪の毛は良く知っている。

この場に居る筈の無い人物。
居てはいけない人。

だって、コイツは裏切り者だから。

「……市丸」










二人の間に隠し事なんて無いと思っていた。だけどアイツは黙って俺の世界から消えたんだ。

涙なんて出なかった。










「どうして市丸隊長がここに…」
「寝てるのか……?」

胡坐を掻いた市丸はピクリとも動かない。

「罠かもしんねーな…」
「兎に角、義魂丸だ。死神になるぞ」

未だ市丸は動く気配が無い。




市丸が目の前に居る。

裏切り者…
即座に切り捨てないと…

俺達はその為に此処に来たんだ。何を躊躇している。










「一護…さっきの罰ゲーム、覚えてるか?」
「…何だよ突然?今はそんなこと言ってる時じゃねーだろ??」
「……勝者の言う事を一つだけ聞いてくれるんだよな?」
「……冬獅郎」

日番谷は深く深呼吸をして一護の目を真っ直ぐに見つめる。





「…今見た光景を忘れてくれ」





「忘れろって……自分が何を言ってるのか判ってんのか?!」
「一護…約束を守れ」
「ふざけんなっ、あんなのは無効だ!!」

日番谷が放った一言に、一護は顔を真っ赤にさせ怒りに震える

「日番谷隊長…」
「阿散井…隊長命令だ…お前も今日の事は忘れてくれ」
「……」

尸魂界では有名な話し。市丸隊長と日番谷隊長は恋仲だって事。

あの日を境に日番谷隊長から笑顔が消えた。

この任務を自ら志願したと聞いた時は正直驚いた。
だって、この任務は…裏切り者の、処分。

「判りました。行くぞ、一護」
「おい、何すんだよ、離せ!!恋次!!!」
「訳は話すから…頼む」
「…何なんだよ……一体」

そう言って日番谷に頭を下げると、一護を引き摺りながら阿散井は屋上を離れて行った。

「阿散井…ありがとう」

二人の霊圧が完全に消えるのを確認した日番谷は、ゆっくりと眠り続ける市丸に近づく。

「市丸…」




もう諦めた想い。
俺の中から消した感情。

なのに何故だろう…こんなにも胸が熱い。










スヤスヤと眠る、此処に居てはいけない筈の…市丸の元へ歩み寄る。

「爆睡じゃねーか…」

無意識に眉が下がる。

「お〜い…」

まぁ、呼んでも起きないだろうけど。
一歩、また一歩と足音を立てない様に。側に着くと、俯いたまま眠る市丸を覗き込む。
銀色の髪の毛に隠れて表情が読み取れない。

「……眠ってるよな?」

確認の為、市丸の前髪へと手を近づける。

―ガシッッ―

「うわあっっ?!?!???!」

突然、日番谷の手を誰かが掴んだ…思いもしなかった出来事に情けない声を上げ、尻餅をつく。
少しずつ落ち着きを取り戻した日番谷は自分の腕を掴む手を辿り、犯人を見つけた。

「…起きてたのか」

クククッと喉で笑う声が聞こえる。それに少々ムカつきながらも黙って待つと、下を向いていた顔がゆっくりと光を浴び始めた。

久し振りの再会…

「おはよ。冬」

日番谷の目に飛び込んできた市丸の顔……昔と変わらないあの張り付いた笑顔。胸が大きく高鳴った。

「いつから起きてたんだ?」
「ん〜…黒崎一護がなんや騒いでいる時やったかな?」
「狐が狸寝入りなんて…悪趣味だな」
「久し振りに会った恋人にそんな酷い事言ってええの??」

変わらない会話。

「煩い。で、お前何しに来たんだ?」
「冬に会いたくて」
「…っ」

その言葉を聞いた日番谷の頬が突如、朱に染まる。

「冬は?僕と会いたくなかった??」
「……会いたくないわけ…無いだろっ」

次の瞬間、日番谷は市丸の胸に飛び込み、市丸もまた日番谷を強く抱き締めた。
久し振りに感じた恋人の感触。貴方を思わなかった日なんて無い。
一人の夜は未だに慣れないんだ。朝起きて、隣に居ない貴方の影を探した…。

もう離したくない。こんなの…辛すぎる……。

「冬、大好きや」
「……何だよ、突然」

日番谷を抱く腕に力が篭る。

「今も、これからも、ずっと先も…」
「…馬〜鹿」
「…馬鹿でええわ。だから、忘れんといて…」

声の変化に、日番谷が顔を上る…と、直に市丸の手に押さえ込まれてしまった。

「生まれ変わったら、今度こそ一緒に居ような」
「そうだな…」

これは、最初で最後の……約束。

「市丸…」
「ん?」

名を呼ばれ返事をすると、日番谷の顔が市丸の目の前へと現れ、そのまま唇へ。

「今度会う時は…」
「せやね…今度会う時は…」



刃を交えるその日まで…



「俺は全力で裏切り者を潰す…」
「待っとるから…」



もう少し…君を抱き締めていたい……

End


恐れ多くも、大尊敬してます水無月様に捧げた小説でした。
記念小説たるものを始めて書いた話でもあるので、結構思い入れがあったりして。

<< Back