ダダダダダダダッ―――!
けたたましく廊下を駆ける音に、日番谷と市丸の視線は襖へと向けられる。
この騒がしさは尋常ではない。そう思い、来るであろう伝達員を待ち構える。
「日番谷隊長は居られますか!」
案の定、襖の外から掛けられる焦った声。それに返事を返し、開けられたそこには十番隊隊士が息も荒げに跪いていた。
「一体如何したんだ」
「は、総隊長が至急十二番隊に隊長のみ集まる様にと伝令を受けて参りました」
「ほな僕も行かなあかんわけやね」
「全隊長との事です」
伝達を終えた隊員は一礼した後、襖を閉めた。
嵐の様な勢いに少々押され気味だった二人は、暫くの間見つめあい直ぐに目的の場所へ向かうべく執務室を後にした。
言われたとおり十二番隊へと着いた二人は既に集まっていた隊長らの元へ歩を進め輪へと参加する。
「突然の呼び出しは慣れたにしても毎回困らされるよ」
「全くだ。今回もたいした内容でななかろう」
呼び出した本人が居ない事を良い事に、普段従順に使えている東仙や駒村からも愚痴が漏れる。
今は新しい隊士が入り忙しい時期。教える事もたくさんあって一分一秒だって惜しいのだ。それはとうの本人だって同じ境遇の筈なのに。
「よう集まってくれた」
何か企んでます。そして、企みが成功しました的な表情は今回も想像しえたもの。正直、何度も見せられた満足げな笑顔に嫌気が差す。
「あれ、藍染は?」
ここに集まった時点で居ない事は気付いていた。
だけど、冬にベタベタくっつくおっさんが居ない事を知らせるのも不愉快だったので言わなかった。
なのに、よりによって僕の可愛い冬の可愛い口からおっさんの名前が出るなんて……。
「冬、僕以外の男を気に掛けるなんて良い度胸やね」
「は?馬鹿だろお前」
ギュウギュウと抱き締めて頬を摺り寄せてやった。プニプにの頬が気持ち良い。
「―――――と言う訳で、宜しく頼む」
気付けば総隊長の話が終っていた。
ぶっちゃけ、聞いてない。チラリと横を見れば『どうしてくれんだ』と力一杯睨まれた。
「藍染、連れて参れ」
部屋の隅に控えていた阿近が、その奥に聳え立つ重厚な扉を静かに開ける。
そこには満面の笑みを纏った藍染と……、
「え?ちょ、」
僕は慌てて横を見た。
居る。間違いなく、僕の横には君が居る。
目の前に起きた出来事に頭がついていかない。それは横に居る彼も同じな様で。
「シロ、皆に挨拶できるよね?」
その『シロ』と呼ばれた少年は、少しばかり緊張した面持ちで藍染の元から自分達の方へと歩み寄る。
「は、始めまして。先程紹介頂きましたシロと言います」
視線も定まらない挨拶に、ふと辺りを見渡せばこの場に居る僕と冬以外の者は全員鼻の下を伸ばしきっていた。
僕はと言うと、右に居る愛しい彼と左に居る同じ顔の彼と交互に見るので精一杯。
総隊長の話を聞かなかったことで、何が何だかわからないままただ冷や汗が滝の様に流れる額も拭えないでいた。
「皆の賛同も得たことじゃ。今回はこれにて解散する」
安心が顔に滲み出して、総隊長はそのまま十二番隊を離れていった。
後に残された隊長等はすかさず『シロ』ちゃんの元へ集い盛り上がっている。
「藍染はんッ!」
僕は冬の手を握り、声を振り絞って忌々しい名を呼んだ。
「大きな声出して…シロが驚くだろう」
「ああッすんません!って、違ぁーーう!そのッ、その子何なん?!」
「え、先程紹介しただろう?まさか、聞いてなかったのかい?」
痛い所をつかれた。そして、また冬の冷たい視線が僕を射抜く。
「聞いてたけど忘れただけや!」
「ほう?」
「なんや腹立つわッ!」
何とかこの場をやり過ごさねば。
そう思い、少々息も荒げに言葉を捲くし立てた。
「惣右介さんを苛めないでッ!」
市丸よりも大きな声で、聞き慣れた様な慣れない様な声が割ってはいる。
驚いて自分の横にいる冬を見るも、やはりこっちもあの声に驚いたのか目を見開いて固まっていた。
つまりは、
「ありがとう、シロ。でもギンは僕を苛めたわけじゃ無いんだよ?」
なに、この昼ドラ。
藍染に抱き上げられて、瞳一杯に涙を溜めて、頬は真っ赤に紅葉して。
「ごめんなさい。僕、惣右介さんが困ってるんだと思って」
「ははは。君は本当に良い子だね」
だから、なにこの昼ドラ。最近じゃこんなベタな展開すら無いって。
「お利口な君にご褒美をあげよう。何が良い?」
「……キ、ス…がいいです」
「そう。じゃ、目を瞑って」
何この展開ありえない。いや、羨ましい。冬と同じ顔して自分の事僕って言ったであの子。しかもご褒美がキスて………、
「僕かてした事あらへんのにッ!させるかァァァァァ!」
ドカン!
二人の間に割り込んで阻止。
「ギンッ何てことするんだ!シロが怪我したらどうする!」
「うっさいわ!そん時は僕がシロちゃんの怪我治したるし!」
「君には日番谷君が居るだろう?」
「冬もシロちゃんも同じや!同じ顔しとるやん!」
「自分にそっくりな人は三人いると言うだろう?同じでも違うって事くらい判ったらどうだい」
「中身なんて知らへん!見た目が冬ならその子も僕のや!」
は、と。
今しがた自分の言った言葉を振り返る。
同時にダラダラと流れ出す冷や汗。
時既に遅しとはこの事か。油の切れたロボットの様にギシギシと横を見れば、今までに見た事の無いような可愛い笑顔で佇む恋人の姿。
ホンマに可愛い。この顔だけでご飯3杯はいける位可愛い。のに、何故か怖い。
「あの、冬……」
「良いんだぞ、市丸。俺はお前がその程度の奴だって事ぐらい知ってたから」
「いや…あの」
「そうだよな。俺もコイツも同じ顔だもんな。市丸にとっては中身なんて関係ないよな」
ニコニコニコ。笑ってるのに笑ってない顔。
周りを囲んでいた隊長等から溜息が漏れる。勿論、藍染からも。
「なぁ、藍染。俺もそっち行って良いか?」
「勿論だよ。さあ、二人ともおいで」
両手を広げ、笑顔の貴公子の藍染は小さな二つの体を抱き上げる。
幸せそうに二つの頬にキスをして二人からもキスのお返し。
僕はと言えば、その光景を直視したまま動けなくなっていた。
見た目だけで判断したんじゃない。
君のその照れ屋な所も、素直や無いところも、たまに見せる優しい眼差しも、僕の事を大切に思ってくれる所も、勿論外見も好きやけどそれだけじゃなくて全部、そのままの君が好きなんや。
伝えたい事は山ほどあるのに言葉に出して言えない。
なんだか段々息苦しくなってきた。もがいてももがいても反応しない体。手は動いてる筈なのに見える手はピクリとも動いていない。
「バイバイ市丸。俺は俺を見てくれる藍染と幸せになるよ」
冬とシロちゃんは互いに微笑み合い、藍染の首にしがみ付きながら十二番隊舎を離れて行った。
後に隊長等も続いて、僕一人この場に取り残された。
段々と照明が暗くなる。
視界がぼやける。
外の音が消えてゆく………、
「いッ…嫌やァァァァーー!!」
*****
「―――って、夢を見てん」
「アホか」
End
お粗末さまでした。
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