その闇に、
君が呑まれてしまいそうで。

月夜に輝く愛しき人よ



暗黒の、月さえも姿を隠す、深い夜。
ポツリ、闇に抱かれる少年一人。

空を見上げ、動かない。





「冬獅郎……」

少年の声にしては、成熟しきった男の声。

「泣いてるのかい?」

返事の返らぬ問い掛け。





――ヒタ…ヒタ…。

闇に浮ぶ白の羽織を靡かせて、静かに佇む子供の元へ。
横に着き、肩に触れるも反応は無く。両の腕でその体を包み込む。

小刻みに震える肩。言葉こそ無いものの。細い腕はしっかりと僕の腰に回っていた。

「辛かったね…」

優しく呟いて。
フルフルと少年の首が左右に振れた。



「俺が…殺したんだ……」



耳を凝らさないと聞こえないほどに、少年の声は酷く弱々しい。
嗚咽を交えながら、彼が放った始めての台詞。

「君のせいじゃない」
「俺が…弱いから」
「違うよ」

少年がこのまま闇に消えてしまいそうで。僕は君を離さないように、強く抱き締めた。





涙なんて見せた事の無い、強がりばかりを口にする君。
常に前を見たその姿、大好きだから。

大人と肩を並べて歩いても、弱さを見せない負けず嫌い。
でも、やっぱり君は…子供だね。

大丈夫。
彼は恨んでなんかいないから。
あれは仕様が無い事だったんだ。

君は、悪くない。
だから、もう泣かないで。










『日番谷隊長!今日一日宜しくお願いします!』

早朝にも拘らず、目が覚める程の大きな声。
その男はつい先日、十番隊の席官になったばかりの奴で。隊員の頃から日番谷に懐き、周りに笑顔を振り撒いていた。日番谷自身もその者を至極可愛がり、席官にまでなれたのも日番谷が剣術を教えたから。



そして、今日が初めての任務。現世での虚討伐。
大した任務ではない。午前に出発すれば、昼には済むであろう簡単な討伐。
日番谷一人でも行けたのだけど、しかし実践は多少でも積んでいた方がいいと、その男を推薦した。





血など流れる筈の無い、討伐。
なのに、その男は虚に喰われ。



死んだ。



呆気なく、下半身を喰い千切られ、焦点の合わなくなった目は直ぐに上を向いた。










何も出来なかった。報告にあった虚とは全く別の、王族特務が出るべき相手。
俺は俺自身を守るので精一杯で、気付けば死体が転がっていた。

恨めしそうに、俺を見て。





「自分を責めてどうする」

声を殺して只管泣く少年へ。

「僕達は死と隣り合わせで生きてるんだ。これは彼の運命だったんだよ」

泣き止む筈は…無いな。君が隊長に就任して、初めて起きた隊員の殉職。

「俺が…あいつを連れて行かなければっ…」
「彼は死なずに済んだ…とでも?」

その言葉の後、初めて彼は泣いた。声を出して、泣き崩れて。

「運命を変えることは出来ないよ」
「でもっ…」
「君はわざと彼を殺したのかい?」
「違うっ!!」
「なら何時まで泣くつもりだ。泣いても彼は浮ばれないだろ?」

夜の静けさに響く泣き声はピタリと止まり、僕の下で崩れていた体をゆっくりと起こす。

「冬獅郎…僕と討伐に行って、今みたいな事が起きたら…君は僕を恨むかい?」
「……藍染を恨んだりはしない。寧ろ…役に立てなかった自分が悔しい」

着物の袖で涙を拭い、少しずつだけど自分の気持ちを伝える小さな子供。再度、優しく抱き締めてやり、頬に触れるだけのキスを。

「……きっと彼も同じ気持ちだったんじゃないかな?」
「え…」
「大好きな君を守れなくて。だからあんな顔して死んでいったんだよ」
「……」

あの時の事を思い出したのか、表情がまた曇りだした。

「今日は泣いてもいい。でも明日からはまた何時もの君に戻るんだ」
「藍染…」
「冬獅郎が笑えば、彼は安心して成仏できるよ?」
「……判った」

その返事と共に、少年の顔は上へと向けられた。
今度は流れる雫の無い、凛とした表情で。





暫く空を眺めていた。
重く掛かった真っ黒な雲が、僅かに薄れて。
隠れていた筈の月が、佇む少年を照らした。



月夜に輝く翡翠の瞳。
僕の大切な、愛しい人よ。

闇に呑まれない様に、何時でも僕が側に居てあげる。

End


大人の藍染が書きたかっただけ(笑)

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