「今日も良い笑顔だね」
ポン。
サラサラの長髪に落ちる、大きな手。
「あ、ありがとうございますっっ」
「うん。君も素敵な笑顔だ」
ポン。
「き…きゃーー!ありがとうございますっっ」
普段は目に掛かる事さえ間々ならない護廷十三隊の隊長殿。なのに、挨拶をすれば必ずかえる返事と笑顔。側へ近寄れば、大きな手が優しく己に触れてくれて。
そんな笑顔の貴公子を放っておく女など、居る訳も無く。
「馬っ鹿じゃねーの」
黒の集団が群れを成す渡り廊下の向かい側、銀髪を逆毛た少年が一人、面白くなさそうに口を尖らせて。
「うわ〜。相変わらず凄い人気ですね〜」
突如聞こえた女の声。面倒臭そうに見上げたら、自分の副官だった。
「隊長、嫉妬しちゃいますね」
「松本…お前書類はどうした」
「提出してきましたよ?」
ふん。面白くなさそうに。
「言ってきたらどうです?」
「何を」
「藍染は俺のだー!って」
「ば?!馬鹿かてめー!あいつの事なんて関係ねーよ」
「まっ意地張っちゃって」
一通りからかって満足したのか、ふふふ〜と鼻歌交じりに松本は去って行った。
はあ、溜息を吐く。
ちらりと気になりそちらを見れば、いまだに囲まれている藍染の姿。
「へらへらしやがって…」
砂糖に蟻が集るかの如く群れを成してギャーギャー喚く女共。それに平気な顔して愛想を振りまくクソオヤジ。
馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!!!!!!
本気で馬鹿だ。
この俺が。
アイツは俺の恋人なの!!
色目なんて使わないでほしい。
ほんと、触れさせないで。それは俺の手なんだから。
「くそっっ」
叫んだらどれだけ楽か、あの集団を蹴散らしたらどれだけ清々するか。
もやもやと苛立ちだけが山の様に募る。この場に居たらストレスで死んでしまいそう。
そう確信した日番谷は、瞬歩を使い隊舎へと戻って行った。
執務室に戻っては見たものの、一向に収まる事のない苛立ち。寧ろ、先程よりも酷くなってるのか。
山の様に積み上げられた書類の束。頼り……にならない副官は当然の如く姿を眩まし。
はぁ。
溜息を吐いても何も出ては来ず、面倒臭そうに書類の山から一枚紙を取った。
黙々と仕事熱心な少年は瞬く間に目を通し、30cmはあったであろう書類もあと数枚と片付いていった。
「あ〜腹減った…」
余りにも真剣に書類整理をしていて、気付けば昼食の時間。何時もなら満面の笑みを纏ったあの男が迎えに来る頃合。
来た瞬間に蹴りでも入れてやろうか。
いやいや。あそこの本を投げてやろう。
それとも椅子か?
そんな事を考えながら、その人物を静かに待つ。
が、一向に現れる気配すら感じれない。
如何したのか。
緊急の書類にでも捕まって部屋から出れないのか。それとも他の理由が?
「………迎えに行くか」
重い腰を上げ、椅子から飛び降りた。トテトテと体重の無い足音。
すぅ、と襖の引く音と共に執務室は空となった。
「藍染の野郎…何してんだよ」
苛々。
「一人で食いに行っちゃうぞ?」
いらいら。
「あ……」
腕を組みながら歩いていると、六番隊舎を抜けた渡り廊下に人の姿を見つけた。
朝と変わらず太陽の日差しに艶やかに光る茶色の髪。
大きな背中。
「………クソジジイ」
朝からずっと其の侭だったのかと聞きたい程に、俺の目の前には相変わらず女共に囲まれている藍染の姿。
愕然とした。
きっと今の俺は酷く歪んだ顔をしてるに違いない。餓鬼特有の、格好の悪い顔。
隠れる事も忘れ只突っ立って、徐々に上がる霊圧にさえも気付かない自分。
すると、女性達に囲まれていた藍染が此方に気付き手を振った。
「あ、日番谷君っ!!」
ニコニコとあいつ等に向けたのと同じ笑顔を振りまいて、左右に振る手は彼女等に触れたソレで。
「―――っ!」
笑え……笑えよ…俺。
嫉妬なんて醜いモノ表に出すな。
笑え。
笑え。
「日番谷君っ!」
滅多に大きな声を出さない藍染の俺を呼ぶ声。だけど、頭なんかより体が動いて。
俺は振り返る事無く、その場から逃げた。
格好悪。餓鬼。
じわじわと目頭が熱くなるのが判った。
あ〜あ…拗ねて泣くなんて。
あの場から去って正解だった。
こんなの、あの女共にでも見られたら一生の恥。
そんな事を考えながらも、日番谷が向かった先は十番隊舎の屋根の上。
屋根の上に上れば思った以上に暖かで、今が冬だという事を忘れてしまいそうになる。
ぐっと背伸びをして、太陽に温められた瓦に寝そべった。
そのまま寝たら気持ちいいかな……書類に追われ目を酷使したらしい。疲れも溜まってるし、今は書類関係は見たくもない。
松本に悪いなと思いながらも、日番谷はゆっくりと目を瞑った。
――カタン。
ウトウトしていた耳に届いた、瓦の動く音。
俺の頭上に誰か。そんなの霊圧探れば判るけど。
「……起きてるんだろ?」
そいつが声を掛けて来る。
「………。」
返事はしない。
だって俺は寝てるんだから。
カタリ。
また瓦のずれた音。
「――おわっ?!」
唐突な浮遊感に思わず出した変な声。
藍染は俺の脇を抱えて持ち上げたらしい。目を開けそいつを睨み付ける。
「シロ、何をそんなに怒ってるんだい?」
「……。」
「言ってくれないと判らないよ」
「………。」
「シロ」
「……藍染、大好き」
「え……?」
間の抜けた藍染の顔。
その視線の先には、眉間の皺を深くした少年の顔。
「だから…藍染が好きって言ってんの」
ぷぅ、顔を膨らませて。
「あ、ありがとう…って一体如何したんだい?」
「大好きです」
「シロ?」
「藍染隊長、大好きです」
「?!?!?」
はっきり言って意味が判らない。
何を突然言い出すのか。
この子は一体何を求めているのか。
「……俺にはしてくれないんだ」
「え?」
「あいつ等には毎回してんのに」
「御免、シロ。僕には意味が――…」
「俺の頭も撫でてって言ってんのっっっ!!」
未だ抱えられた状態で、耳まで真っ赤にした日番谷の雄叫び。
キィーーン……脳に響いて目をパチクリ。
「馬鹿!馬鹿藍染っっ!」
突如、日番谷が暴れだす。バランスを崩した藍染は尻餅を付いてしまった。
上から掴み掛かる様な体制の日番谷。
「その手は俺のなの!藍染は俺のなのにっ」
ぶわっっ。今まで我慢していた涙が一気に溢れ出す。
「ふえっ…うぅ〜……馬鹿ぁ」
ぼたぼたと涙を落として、一生懸命に伝える。
そうか…。なるほど。
だから君はそんな顔をしてたのか。
「可愛いシロを泣かせて…僕は悪いヤツだな」
「ふぇ…?藍染?」
「許して貰うには如何したらいい?」
「……頭…撫で撫でして…」
「それだけ?」
「…キスも」
「……何回でもしてあげるよ」
初めて聞いた。
小さな君の、可愛いお願い。
嬉しくて、嬉しくて。
僕は何度もキスをした。
End
子供は子供らしくって事でv
<< Back