あの騒乱から数月、僅かながら体制を立て直しつつある瀞霊廷。
上層部は後処理や引継ぎで慌ただしくはあるものの、あの日の出来事を口にする者は居なくなっていた。
「市丸……」
ここは三番隊隊主室。
今は空席の隊長室。
家具や布団、書籍に関しても全てが処分された何も無い部屋。
その中央に小さく座る子供が一人。十の文字を背中に背負う日番谷冬獅郎。
小さく発したその言の葉は、木霊する事なく消えてゆき、ポタリ落ちる涙は畳に染を作っていった。
結構な時間、泣いて。
泣いて。
泣いて。
スッ――…音も無く立ち上がった日番谷は、そのまま窓の外へ視線を向けて。僅かに覗く、空を見上げた。
相変わらず頬を伝う涙は畳へと落ちて、それでも視線は雲の上。
「市丸……」
もう一度、名を呼んで。
隊長の証し、白の羽織りを脱ぎ捨た。
「俺を連れてって……一人にしないで……」
窓なんて開いていないのに。
外は快晴で落ち葉も静かに地を染めている。
隙間なんてある筈の無い一室に、フワリと風が舞い込む。
少年を中心に渦を巻いて、隠す様に風の線は少年を包んだ。
―――――……、
部屋を回る風が収まり、室内には驚く程の静寂が流れた。
そこに人の姿など無く。無人となった一室には、畳へと雑に置かれた羽織り一枚。
そしてたった一粒の涙の跡だった。
End
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