言葉には出さないけど、

態度にも示さないけど、


それでも貴方への愛は本物だから。

愛し愛され



「早く行け」

静かな執務室に放たれたご機嫌斜めの低い声。

「大好き。冬……愛しとる」
「馬鹿か」

執務机を挟んで、同じ銀髪を揺らす二人の男。
一方はしかめっ面で立て肘を付き、もう片方は少年の細腕を握り締め満面の笑み。
今、この室内には二人しかいない。恋人と言う特別な関係を分かち合う二人だが、そうとは思えない相手の態度。

「今日は雪振るかもしれへんし、風邪ひかんといてな」
「餓鬼扱いすんな」
「してへんて。ただの心配」

ニコニコと頬を緩めて。
何を考えてるのか判らないその表情に、少年の口から盛大な溜息が漏れる。そんな事お構いなしで、相変わらず男は小さな掌を包んで離さない。

「今日は書類整理だけだ。それよりお前、今から討伐だろ?」
「せやよ?」
「行かなくて良いのかよ」
「ん〜…もうちょっと」

会話なんて本当に少なくて、それでも安心できるこの空間は二人だからこその特別なもの。長い時間を掛けて互いを理解し合い、長い時を共に過ごして漸く形となった二人の距離。
執務室を共にする互いの副官は、そんな二人を遠くも近くも無い距離で見守ってくれて。今日も知らぬ内に二人っきりとなっていたのだ。形的に逃げたとかサボったとか言ってるけど、そうじゃないのは言わずとも理解しあえる。

本当に心地良い距離。
無くしたくは無い。

「じゃ、そろそろ行くな」
「さっさと出てけ」

冷たい台詞に不釣合いな、小さな手。
今まで握られていた手を解き、自らの手を添え握り締め。言葉こそ交わさないけど、男の顔は今まで以上に口角を上げ嬉しそう。

パタンと襖が閉まり、執務室には少年一人が残る。
再度響く紙に奔る筆の音。程なくして、何食わぬ顔をした副官が戻ってきた。

「サボるな」
「トイレに行ってただけですぅ。隊長ったら心配性!」

米神に手を添え、疲れたと表情で表して。副官を睨めば何処吹く風で、給湯室に入ったかと思えば茶を二人分用意してソファーに腰掛ける。
手招きされれば何時もの事と何も言わずに従って、二人向かい合わせにひと休憩。



その後は真剣に執務をこなし。
時間になれば夕食を取り、今日の業務は全て終り就寝の時間となる。
徐々に人気の失せる隊舎は静けさを取り戻し、明かりも疎らに灯る程度となった。

「まだ寝ないんですか?」
「……この書類に目を通したら寝る」
「じゃ、私は先に戻りますね」

一人となった執務室。
残った日番谷は目を通すと言っていた書類を机に戻し、執務椅子から降りて廊下に出る。
昼間の狂騒が嘘の様な静けさは足音をやけに響かせ身が引き締まる。

日番谷が向かった場所は、三番隊舎の門の前。
誰も居ないそこは当然の事明かりも灯っておらず、冷たい風が吹き抜ける中それでも誰かを待っていた。





「おかえり」

地獄蝶の薄明かりの下、待っていた人物が姿を現した。

「ただいま。風邪ひいてへん?」
「だから餓鬼扱いすんな」

昼間に討伐に行っていた市丸が無事帰ってきた。
少し薄汚れた羽織は腕が立つ虚のいた証拠。怪我も無く帰ってきた事に安著の息を吐き、差し出された小さな手に包み込めるほどの大きな手が重ねられた。

「あ、雪……」
「振ってきたか」

空を見上げれば、漆黒の闇に模様を彩る粉雪がハラリハラリと舞い降りて。掌に落とせば直ぐに解けて形を無くす。
雪と気付けば寒さを思い出し身震い一つ、二人は急いで隊主室へと姿を消した。





「明日どうしよか」
「明日?」
「そ。冬も非番やろ?どっか行く?」

市丸の自室に入り、暖を取りながら着替えを済ます。
就寝着に身を包む二人は寄り添いながら予定を考える。

「いや、明日はゆっくりしよう」
「ええの?」
「お前も疲れたろ」
「僕は…――」
「俺は疲れた。お前の帰りを待つのは精神が滅入る」

一枚の布団にゴロリと寝転がり、天を仰ぐ。直ぐに笑顔を見せる市丸が覆い被さり抱き締められて。

「僕も。冬と離れ離れは寂しくて嫌や」

きつく抱き締めれば直ぐに腕を回され、届きもしないのに背に回った腕は離れない様にと力が籠められた。



長い間一緒にいて、素直な気持ちを言える事は数え切れるほどしかないけど、それでも十分に伝わってると信じてる。





言葉には出さないけど、

態度にも示さないけど、


それでも互いに判り合えるこの気持ちを、ずっと大切にしたい。

End


平穏な日々に垣間見える愛をテーマに書いてみました。

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