「松本ーー!!!」
埃の舞い散る、十番隊執務室。何時もは綺麗に整頓されている机や書棚は無残なまでの散らかり様で、その間を縫って動き回るのは小さな少年。ドタバタと激しいまでの足音、物音。
「何ですかぁ?」
その状況とは正反対に、落ち着いた女性の声と時折聞こえる、何かを砕いた音。バリバリ、バリバリ。
「何じゃねーよ!サボってる暇はねーんだぞっっ!!」
唯でさえ大きな瞳をこれでもかとかっ開き、凄む様に怒鳴り付けて
それを何の反応も無しに聞き流され、米神に青筋が奔る。
動く気配の無い副官は片手に煎餅、もう片方には熱々のお茶が置いてあり、先程からソファーにどっかり腰掛けて休憩中。
「隊長も休みましょうよ〜」
「お前なぁ…まだ取り掛かったばっかだろ?」
「だぁって〜…」
口だけを動かし立ち上がる事を渋る松本と、そうこうしてる間にも体を動かす日番谷。
「年に一回の大掃除だぞ?!」
「元々綺麗じゃないですか〜」
「馬鹿!普段出来ない所だってあんだろーが」
「……もぅっ」
今日は十二月三十一日。大晦日。
現世に習って、ここ尸魂界も一年を区切る日。
執務は昨日で終わった。明日から二日間、緊急事以外は正月休みを貰っている。だから今日は、新年の為の準備をしている。――のだが。
漸くと言って良いだろう、重い腰を上げた副官は渋々、自身の執務机を片付け始めた。その間にも凄まじい集中力で掃除に取り掛かる小さな少年。
「……隊長、何か焦ってます?」
「えっっ?!…べ、別にっっ」
怪しい。女の勘は結構当たるもの。そう思ったが早く、ニタリと口を歪ませた綺麗な女の顔。
「隊〜長〜教えて下さいよ〜っっ」
ジリジリと詰め寄ってくる副官に一度興味を示されたら最後。
逃れる術は無い。
「あ…え、ちょっっ」
誤魔化してみようかなと考えるけど、だけど…バレたらそれこそ適当に言いふらされる。女という生き物は嘘を見破るのが得意な生物らしい。雛森もそうだった。
サラリと言えば良いものを、頭が良過ぎるこの隊長は、余計な事を考えすぎてシドロモドロ。なんて判り易い少年だろう。
詰め寄られ、二人の距離はほぼ密着に等しい。
「ちょぉ、乱菊。僕の冬に近付き過ぎちゃう?」
突如耳に届いた訛が特徴の声。驚き振り返れば、サラリとした銀髪を靡かせた男の姿。隊舎の襖に寄り掛かり、奇妙なまでの笑顔で二人を見やる。
「市丸っ」
「冬、迎えに来たで」
その人物を確認した少年は、慌てて此方へと駆け寄って来た。
目線を同じにして、頬に付いた黒ずみを優しく拭ってやる。
「迎えって…何よ、ギン」
意味が判らないのだろう副官が、眉間の皺を深くして問い掛ける。
「大掃除終わったら、二人で現世に行くんよ」
「現世?」
「せや。除夜の鐘を聞きたいって冬が言うからな」
「わっ、馬鹿!!しゃべりすぎだっ」
顔を真っ赤にして羽織を引っ張る日番谷。上目遣いがなんとも男心を擽る。
「可愛えなぁ」
ちゅ。唇に触れるだけのキスを。
「?!ッッ」
唐突な口付けにパニックなのだろう、驚いて声も出ない少年。一方、見慣れてるのだろうここの副官は顔色一つ変えない。
「隊長ったら…大胆ですね」
「へ…?」
「ギンと二人っきりで年越したいなんて」
「―――?!」
この少年にとっては爆弾発言だったらしい。先程よりも更に真っ赤な顔で固まる。逆に、その言葉に満面の笑みを見せる狐一匹。
「さすが乱菊!冬は僕にゾッコンなんやで!」
「違うっっ!鐘の事知ってる奴なら相手は誰でも良かったんだよ」
「きゃっ、またまた大胆な」
「冬、誰でもええなんて、どの口が言うとんの?」
ガバリと小さな体を抱え上げて、ちょっと真顔で視線を合わせる。
「〜〜っっお前等なんて大嫌いだーー!!」
「ぎゃー?!なんで僕、嫌い言われんのーー?」
「あははははっっっ!ギン、良い気味ね」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っっっっ」
と、暫くは下らない言い争いが続いた十番隊執務室。何とか体勢を立て直し、大掃除を再開した。勿論、市丸にも手伝って貰って。
何だかんだ言っても、日番谷の事を大切に思っている松本は現世に行くと聞いてからの動きは、目を配るものがあった。
市丸も同様、テキパキと率先して窓拭き等をしてくれてあっという間に大掃除終了。
「ほなな。乱菊、良いお年を〜」
「もう行くの?」
「せや、急がんとな」
「松本、今年一年世話になったな。来年もよろしく」
「此方こそ、お世話になりました。来年も宜しくお願いします!」
挨拶も済んだ二人は、昼飯も食べずに現世へと出て行ってしまった。
無意識にだとは思うが、仲良く手を繋いで。
「人多いなぁ…」
現世へと着いた二人は義骸に入り、人間そのもの。
繁華街に来たはいいが、人混みの凄さに少々引き気味。あちらこちらから賑やかな音楽と、人の声。
立ってるだけで人にぶつかる位の人だかり。
目的は無いものの、尸魂界では見る事の出来ないイルミネーションに日番谷の瞳はキラキラと輝いていた。
「何これ?」
「……さぁ?」
少年が指差すもの。
何やら奇妙に動く派手なヌイグルミ。
「これは?」
「う〜…ん」
「じゃ、これ」
「………」
子供というのは何にでも興味を示すもので、格好良く答えてやりたいのは山々だが……しかし、同じ時を尸魂界で過ごしている二人。判らない事は同じな訳で。
「あっ!時間や!」
「えっ?時間?」
「急ごっ」
「おいっ市丸っっ?!」
手を引っ張って、人混みを潜り抜け、市丸が目指した場所。
「ここって」
外界とは歴然の差が見れる日本庭園。中に入れば絢爛豪華な広間。
着物を着た綺麗な女性が頭を下げる。
「そ、温泉旅館」
にんまりと微笑んで。
此方に近付いてきた女が案内をするといって手を差し出す。導かれる様に付いて行けば、そこは最上階の角部屋。
室内へと入れば、大きな窓から一面広がる冬の海。時間こそ遅くは無いのだが、薄らと日が傾き始めている。
日番谷が驚きに呆けていると、その女性はまだ驚かれては困ります。と微笑み。
普通に広い室内の最奥に、木で出来た扉が聳え立ち、外へ出れば石の敷き詰められた床。
視線を上げると、目の前にはさっきよりも一層リアルな景色。
吐く息は白い。が、それよりも白くもくもくと上がる湯気。檜の良い香りが鼻を翳める。
「露天風呂?」
ポカンと口を開けて覗き込む日番谷の表情に、満足そうな狐と女。ここはお二人専用の露天風呂ですよ。そう言って。女性は茶を淹れた後、部屋を出て行った。
「びっくりした…何時の間に」
「う〜ん…半年前位?」
「早っ!」
「せやかて、冬と二人で年越すのは去年から考えてた事やもん」
外を眺めている小さな体を抱きしめて、チラリと覗く項に口付け。
「…誰でも良くないから」
「ん?」
「現世に行く相手…誰でもいいなんて思ってないから」
「……わかっとるよ」
パフリと窓際に設けられたソファーに腰を落とし、佇む少年を手招き。
「座って」
「…そこに?」
市丸の示す場所。そこは自身の膝の上。
「…ええ?」
「っ…」
耳まで真っ赤な少年の首が、コクリ下へと落ちた。
クチュリ、クチュ。
「ひ…んっ」
クチュ、クチュッ。
「あぁ…はっ」
微かな水音。ギシギシ、バネの軋む音。
下半身を露にした格好の日番谷はソファーに座った市丸の膝に跨り、向き合う体制で中を荒され喘いでいた。
腰を抱えられ、深く、浅く出し入れされて。溢れた蜜が、また音を立てた。
膝に力が入らなくて、ガクガクと膝が震える。
「我慢出来ひんみたいやね」
「ぅんっ…市…丸」
言葉と共に深く挿入された市丸のそれ。今まで何とか抑えていた欲が一気に駆け上がってくる。
「あっ、あぁっっ…やぁっっ…あぁっ」
頭が真っ白になった。それと共に何度も経験した限界の感覚。腹部に変な力が入って、市丸の背へ必死にしがみ付く。
「ダメっ…いっちゃ…うっ」
「ええよ、イキ」
許しが出た途端、溜め込んだ欲が一気に外へと吐き出された。
ビクビクと余韻に浸る日番谷の蕾。その締め付けで、市丸も中へ欲を流し込んだ。
ツゥー…収まりきらなかった液が、日番谷の膝を伝い落ちた。
傾きかけていた太陽は海に半分の体を沈め、外はより一層幻想的に彩られていた。
先程の行為の後、疲れたのだろうか、市丸に抱き締められたまま少年は眠っていた。
すやすやと気持ち良さそうに。預けられた体を、更に強く抱き締めた。
『俺、除夜の鐘聞きたい』
『へ?聞くんはええけど…ここじゃ無理やで?』
『知ってる。現世に行かないとダメなんだろ?』
『じゃ、二人で大晦日に現世行こか』
『いいの?』
『当たり前やん』
丁度、どうやって誘い出そうか悩んでる時だった。思いがけない出来事に僕の心は躍った。
それからは、毎日が早くて。大掃除も張り切って終わらせた。
早く二人っきりになりたかった。邪魔者が誰も居ない現世で、二人っきり。だから『誰でも良かった』なんて…。
「本当は分かってへんねや…」
君の口から出る言葉。
全てが僕にとっては真実で。
冗談だといわれても、笑って聞き流せるほど僕は大人じゃない。
「御免なぁ冬…」
「……あれ…俺寝てた?」
寝ぼけ眼をさすって、辺りをキョロキョロ。
日はすっかり隠れてしまい、窓の外は星が輝く夜に変わっていた。
「おはよ。風呂でも入る?」
「ん…」
キィ―…。
服を脱ぎ、タオルを巻いて。相変わらず、モクモクと湯気の立っている露天風呂。
熱いかな…?湯加減を確かめる様に、お湯の中へ片足を付ける。外の空気で冷えた体には丁度良い湯加減で、ゆっくりと体を沈めて一息。横には、同様に一息吐いた市丸の姿。
「は〜ええ湯や〜」
「気持ちいいな」
よくよく見れば、この温泉は乳白色のお湯。始めて見たその色に、少年の瞳はまた輝き始めた。
「…牛乳みてぇーだな」
「ぷ。それ、飲んだらあかんよ」
「……分かってるよそれ位」
ぷっくりと頬を膨らませた可愛い子。そっぽを向いて、最も景色の良い場所へ移動した。
暫く湯に浸かっていた。と、小さな波が立って、見れば僕の横にピッタリくっ付く少年。
「…熱い」
「ほな上がろか」
「うん」
風呂から上がれば、既に夕食の準備が整っていて。そう言えば昼飯食ってないよな?と話しながら、机一杯に広がる豪華な食事。二人仲良く夜ご飯。
「うー。お腹一杯」
「美味しかったな」
「あっちじゃ食えねーのいっぱいあった」
「ほんまや!食堂のおばちゃんに教えたらなあかんで」
他愛も無い話をして、二人で笑って。
そうこうしてる間に時刻は十時を回った。
仲居さんが敷いてくれた二組の布団に、二人は其々寝る事は無く、一つに潜りじゃれ合っていた。
「今年も終わりやんな〜」
「早かったな」
「冬が僕のもんになってどん位経つ?」
「何でお前のもんなんだよ」
「え?!ちゃうの?」
「当たり前だ」
ガガ〜ンッッ!そんな効果音が聞こえてきそうな市丸の表情。
「せやったら、来年は僕のもんになったって」
「……考えとく」
「ほんま?!やったーー」
「…餓鬼」
――時刻、十一時半。
「そろそろやで。窓際行く?」
「ここから聞こえるのか?」
「調査済みや。バッチリ聞こえるで」
二人の体温で温まった布団から出て、ソファーに腰掛け、その時を待つ。
――十一時五十分。
「もうそろそろや」
――五十五分。
――五十九分。
――カチッ。
時計の針は、頂上を指した。
ゴーン。耳に届いた除夜の鐘。
「あけましておめでとさん」
「おめでとう」
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
一定のリズムでなる鐘の撞く音。
心地が良いのか、少年は瞳を閉じ聞き入っていた。
ゴーン、ゴーン。
止む事無く鐘の音は響き渡る。
「これ、何時まで鳴るんだ?」
「あれ、知らんの?この鐘は百八つ鳴るんよ?」
「そんなに?」
くりくりと大きな瞳を此方に向けて。
「人の煩悩の数分鳴らすんや」
「煩悩?」
「人が生きていく中で心身を煩わして悩ませる事を言うんよ」
「……?」
「簡単に言えば、欲って言うんかな。我侭な感じを言うんや」
少し分かったのか、少年はうんうんと頷いた。
「それって市丸の事みたいだな」
何を突然言ってくれるのか。しかし、言われた本人は驚く事は無く小さく微笑んだ。
クイッ。細く小さな腕を引いて、
それによりすっぽりと市丸の体に収まる小さな少年。
「せやな。僕は煩悩の塊や」
「え?」
「鐘の音聞いてもちっとも浄化されへん」
「……市丸」
「大好きや。冬が側に居てくれたら僕は何もいらん」
「俺も。今日、一緒に居れてよかった」
ゴーン、ゴーン。
包み込む様に抱き締めて、答えるように背中へと腕を。いつも以上に強く、優しく。
重ねた唇は、互いを求め合う様に深く深く。
それは永遠に続くかの様に。
「姫始め。って知ってはる?」
「知らない…」
「……教えたるよ」
小さな体を抱え上げて布団へと運び、何が起きるのか分からないのであろう、目を見開いて。
重なった体。
甘い吐息。
「僕の手…離したらあかんよ?」
「市丸こそ…ちゃんと掴んでろよ」
「任せて。絶対に放しはせえへん」
End
煩悩って言葉は市丸の為にあると私は思います。
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