今日、冬に怒られた。
ホンマ他愛の無い事で。

僕が悪いんかなぁ…。

大好きだから、側に居たいだけなんやけど。

幸せってなんだっけ



鐘の音が瀞霊廷中に響く、今は正午。昼食の時間と言う事もあって、騒がしい時刻。部屋という部屋からうじゃうじゃと人が沸いて出て、廊下はあっという間に人だかり。
各位なんて関係無く、腹が減ったものから順に食堂へ。午後の生意を養うため。白い羽織を纏った者共も同じく、部屋から顔を出し食堂へ直行。

「松本、飯の時間だ。後は午後にしよう」
「ふわ〜〜っっ。やっと昼御飯〜〜。お腹空いた〜」

力無く、バタリと机に突っ伏す松本。一方、銀髪を綺麗に逆毛た少年は自身の机を整頓中。

「午後からサボんなよ。じゃな」

項垂れる副官に釘を打ち、少年はひらりと椅子から飛び降り、部屋を後にした。










「日番谷隊長っ!!」

廊下を一人で歩いている時だった。振り返れば、髭面の男が立っていて。十番隊に所属する男、名前は…え〜と…。

「十番隊七席の竹添幸吉郎です」
「お、おぉ。如何した?」
「来週の討伐に私も同行させて頂く事になりました」
「そうか。残りの二人はまだか?」
「は、今日中には決まるかと」
「判った。報告書、準備しといてくれ」
「承知致しました」

上司と部下の会話。礼儀の持った、普通の会話。

と、それを打ち砕く生温い声。

「日っ番谷っっは〜〜んっっ!」
「おわぁっっ?!」

――ガバッッッッッ!!
首が捥げるのではないかと思う位に、力一杯引き寄せられて、頬擦りされて。挙句の果てには、脇を持たれてクルクル回転。子供をあやす時によくやるアレ。

「はぁぁぁぁッ!今日も可愛えなぁ!」
「いいいいいいい、市丸っ?!」
「ぅんんん〜ええ香り〜〜!」
「な、何っっ?!」

一日振りの再会が嬉しくて嬉しくて、恥じらいも無く、僕は素直に感情を表現した。
ちょっと調子に乗ってしまったらしい。僕の腕に納まる、少年の肩が震えだす。

「ヘンタイ馬鹿セクハラ狐ー!降ろせー!!」

怒り爆発。
顎へと見事に決まったストレート。ドカン!爆音と共に僕は地へと伏した。

「馬鹿か!場所を弁えろっ!」

廊下の中央で仁王立ちの少年。

「せやかて、冬があんまりにも可愛えから…」

その下で小さく正座をする狐。

「今度そんな真似してみろ!二度と口利かないからなっっ!!」
「そんなぁぁぁぁ〜…」

怒り心頭の日番谷。言いたい事を言い終えたのか、座る市丸を無視して食堂に向かい、歩いて行った。

「ちょおっ!待ってや〜!!」

情けない声を出し、市丸は駆け足で後を追った。

「ふんっ」

そんな事お構い無しに少年は突き進む。

「はぁ〜…」

たった今怒られたばかりだというのに。

「可愛え…」

その後姿さえも抱き締めたくなる位可愛くて。ムズムズ、市丸の腕が動き出す。

「えいっ!」
「なっ?!市丸!」

思い切り後ろから抱き付いてやった。当然、そんな事をされたら動く事の出来ない日番谷。

「おいっ、さっき言った事忘れたのか!」
「今は誰もおらへんやん」
「ふざけるなー――…って……………」


・・・・・・。


怒鳴る最中に、硬直した日番谷の視線の先、廊下の角から申し訳なさそうに覗き込む、竹添の姿。

「あの…報告書は二枚用意しておけばいいですよね?」

完全に苦笑いのそいつは、視線を定める事は無く、その質問に答えたくとも、声をだせない日番谷。血流だけが、一気に脳天へと駆け上がる。

日番谷の体が、徐々に震えだす。
竹添はそれを敏感に感じ取り、返事も聞かずに逃げ出した。
市丸は未だ抱きついたまま、動けないのか、言葉も無く。ただ、確実に逃げ腰になっているのは判った。

「冬……あの…怒ってはる?」
「……。」
「冬〜?」
「……。」

あの言葉は本当だったらしい。一言も口を利いてくれない少年は完璧な”無視”を実行していた。

後を追う勇気なんて無い市丸は、黙って少年が歩いて行くのを見送る事しか出来ないでいた。










「はぁー…。完全に怒らせてしもた…」

市丸は一人、廊下を歩く。

「あの男、タイミング悪すぎやで」

しょんぼりと、尻尾を下げる犬の様にトテトテと。

このまま三番隊に戻ろうか。それとも、愛しい少年の居る食堂へ行こうか。でも、行った所で近付いて貰えないだろうし、無理矢理近付いて更に嫌われるのも嫌だし。でも、無視されたまま仕事なんて絶対に出来ない。だからと言って、会いに行って尚も無視されたらもっと仕事が出来ない。

しかし……。

「あれ?市丸隊長、如何したんですか?」

悩みすぎて廊下に屈み込んでしまった市丸に掛かる声。

「なんや…イヅルか」
「なんですか。その怪訝な顔は」
「今日は仕事でけへんわ」
「何時もでしょうが」

心配する素振りなんて、欠片も無く、逆に手に持った書類をバサバサと大袈裟に音を立て見せびらかす。イヅルってこんな子やったろうか…。正直、今の市丸にとっては面倒だけど話す相手が欲しい。自分がした事で日番谷に怒られたのだが、どうしても納得がいかない。
愛情表現。あの少年が恥かしがり屋なのは百も承知だけど、なんてったって僕達は恋人同士。あんなに怒んなくてもいいじゃないか。無視なんて寂しすぎる!!
市丸は、吉良の存在を忘れたかのように頭を抱え呻る。

「僕、貴方と違って忙しいんで。失礼します」

自隊の隊長に向かっての台詞とは思えない言葉で、完全に自分の世界に入ってしまった隊長なんかお構いなく、スタスタと横を擦り抜け歩いて行った。

「ちょお、待ち!」

慌てて呼び止めた市丸。面倒臭そうに振り返る吉良。
で、別に会話がある訳でもなく。

「……話が無いなら帰りますよ」
「酷いわ!僕を無視して行く気なん?!」

あの…市丸隊長、マジウザイんですけど!吉良はウンザリと言った感じで駄々を捏ねる狐を見下す。

「行きませんから…。何です?」

子供をあやす様に優しく聞いて、心の中では悪態を吐きながら、市丸が口を開くのを待つ。

「あんな…僕、日番谷はんに嫌われてしもてん」
「またですか?」

吉良は呆れた様に返事を返した。それもその筈、市丸が自分に対して聞いて来る事と言ったら、毎回『日番谷はん』ネタ。いい加減聞き飽きたわ!!しかも、大抵この話題は永遠と続き終わりが無い。

「…今日、飲み会が有るので市丸隊長もいらしたらどうです?その時話聞きますんで」
「飲み会?誰が来るん?」
「何時ものメンバーです」

今、話を聞いていたら日が暮れてしまう。本日分の書類も本気で溜まっているので、話は後に聞く事にした。
それで何とか市丸も納得して、二人は三番隊舎へと戻って行った。










外は完全に日が沈んだ、今は夜。
吉良に言われた飲み会がそろそろ始まる頃。隊舎内で言ってしまいたかったのだけど、目の前を行ったり来たりと慌しい副官。
市丸は集まりの時間まで耐えた。何時ものメンバーと言えば、乱菊、檜佐木はん、阿散井はんなのだろう。イヅルと違ってきっと話を聞いてくれるに違いない。

僕は意気揚々と飲み会がある居酒屋へと向かった。





「あ、市丸隊長、こっちです」

到着した僕を手招きするイヅル。その横に、阿散井はんと檜佐木はんの姿。ニヤニヤと笑顔を浮べ僕を呼ぶ。

「市丸隊長…日番谷隊長に嫌われたらしいっすね」
「残念でしたね。後は俺に任せて下さい」

赤と黒の二人はイヅルから話を聞いていたのだろう、人の不幸を嘲笑うかのように聞いてくる。

市丸はすっかり忘れていた。
この二人は常々日番谷を狙っているハイエナあった事を。

「別に嫌われてなんかあらへん!任せるつもりも無いわっ!」

拗ねた様に顔を反らして。市丸はそのまま席へと着いた。





取り合えず飲み物だけ注文して、微妙な男四人組は紅一点の松本を待つ。

「おい吉良、乱菊さんはどうしたんだよ?」

おかしい。宴会大好きなあの人が遅れるなんて。日番谷隊長から逃れられないのだろうか。いやいや、それは無い。絶対に無い!

「もう直ぐ来ますよ。それより市丸隊長、素直に言ったらどうです?」
「なにをやねん…」
「日番谷隊長に嫌われて、それで話を聞いてほしかったんでしょう?」
「う……」

今は執務外と言うこともあって、それぞれ着流し姿で此処に来ている。市丸も同様、隊長服を脱いで居るわけで。吉良に問われるその姿は、この男が隊長だと忘れる位情けなかった。

「だははははっ!やっぱ嫌われたんじゃないっすかっ!!」
「冬獅郎は俺じゃなきゃ駄目なんですって!」
「う、うるさいわっ!冬は恥ずかしがり屋さんなだけやっっ」

そう言って、市丸は今日の朝あった出来事を話し始めた。からかっていた二人もうんうんと頷きながら耳を傾け、取り合えず一通りの事は伝え終えた。

「は〜…僕って不幸せな男や…」
「何言ってんすか。十分幸せ者ですよ」
「幸せか〜…。ほんま、幸せってなんやろな…」

グチグチと市丸が話していた時だった。ガララッ。居酒屋の戸が勢い良く開く音と共に待っていた女性の声。

「ごっめーん。みんな待ったぁ〜?」

と、

「おい、松本!やっぱり俺は帰るっ!!」

少し幼さの残る、今は大の男を悩ます少年の声。

「っっ日番谷隊長っ!!」

阿散井が身を乗り上げて立ち上がる。そして、檜佐木も吉良も。
此処に来る予定ではなかった人物に、驚きながらも笑顔で迎え入れる。

「隊長にも、たまには付き合ってもらわないと!ね〜……って…ギン?!」

軽い足取りで日番谷を引き釣り歩いてきた松本は、奥に居た幼馴染に驚いた。勿論、市丸も驚いていた。その視線は、松本に引き摺られる少年に釘付けで。それに気付いたあの三人も二人を交互に見詰め固唾を呑んだ。

「おいっ離せ松本!」
「あ、あらっすいませーんっ」

市丸等の妙な空気に松本は敏感に感じ取って。今日は一度も十番隊に遊びに来なかった市丸の事を思い出した。

マズッた……。

そんな大人達の無言の思考なんてお構い無しに、日番谷はトテトテと座敷に向かい歩いていった。
可愛い手付きで草履を脱いで、座敷は結構広く、8人は囲める机がある。当然、座布団も8人分用意されていて。
小上がりの手前に阿散井と檜佐木、その向かえに吉良。ずっと奥に市丸が座って居た。
そして、日番谷が座ったのは。

「俺、ジュース飲みたい」

市丸に触れる位ぴったりと横に着いて、メニューを見る日番谷。あえて行き辛い奥へと行ったのは市丸が居るからなのか。

「冬…」

自分の横に小さく座る恋人を呆然と見詰める市丸。松本は阿散井に耳打ちで今までの内容を聞いた。すると松本は、はは〜んと一人納得し、吉良の横に着いた。

「隊長、照れ屋だから。ギンも変に純粋なのよね〜」

二人には聞こえない様にそう言った松本は、三人に放っておきなさいと告げビールを注文した。って言われても気になる三人。出来るだけ視線のみを向け、覗き見る。

「市丸、これ美味しいのか?」
「へ…あ、美味しいで。一緒に食べる?」
「うんっ」

なんだか判らないが、何時の間にやらハート全開でラブラブモードの二人。阿散井と檜佐木はチッと軽く舌打ちをしてビールを流し込んだ。松本と吉良は毎度の事と、大して反応を見せずにビールを飲んでいった。

「冬、朝の事怒ってへんの?」
「怒ってる。でも怒ってない」
「なんやのそれ…」

困った表情を見せる市丸。でも、口許は笑っていて。日番谷も冷ややかな視線を向けつつ、笑顔。

「はぁ〜…僕って幸せ者や」
「なんだ?」
「なんでもあらへん」

そんなこんなで宴会は盛り上がってゆき、気付けば何時も通りのドタバタな二人がそこに居た。

「冬ー!!」
「おいっ抱き付くなっっ」
「あー市丸隊長だけズルイっす!俺も、隊長ー!!」
「ぎゃー!止めろー!」
「きゃー私も私もー!!」




ああ、これが『幸せ』って言うんかな。

End


ツンデレ日番谷は基本中の基本ですよね!

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