戻れない全てに、


たった一時



夢を見させて。

桜の木下でもう一度 side:日番谷



「うわぁ…隊長、綺麗ですね」

身に刺さる冷風も、ここ最近は陽気と共に忘れ去られ。
今は春爛漫、枝を剥き出しに簡素だった外の木々達も葉を付け芽を出す。

生命が芽吹く、明るい季節。

「……満開だな」

目の前に広がる桃色の絨毯。世界の全てを埋め尽くす程に咲き乱れた、桜の並木道。
鼻に霞める甘い香りは心地の良い春風と共に空へと昇り、見上げれば何処までも続く青空が俺達を迎え入れた。

「お花見、しましょうね」
「……ああ」

桃色の大きな世界に小さく二人。
大した会話も無く、この場を離れた。



もう二度と近付かない様に振り向かず、想いが溢れない様前を見て。





『幸せにしたるから…君を守れるのは僕だけや』





鼻に衝く桜の香り。
脳裏に翳めた、あの日の言葉。


初めて感じる、一人の春。



「嘘吐き……」

想いの中だけでは収まりきらなくて、溢れた言葉は消えそうな程弱々しく外に出た。

「隊長、何か言いました?」
「いや…」

横に並び覗き込む副官は俺の表情を見て、その後何も言わずにまた歩きだした。



忘れたい。

忘れたくない。


忘れたい。



俺はこれからどうすれば良い?
お前を殺すその日まで、



俺は一人で何をしよう。



「市丸…」

そこには副官の姿は無く、立ち止まった小さな少年が一人、空の青より遠くを見詰め呟いた。





「……お前の好きな桜、満開だぞ」

返事なんて返るわけの無い空へ。





桜の下でもう一度、


貴方に会いたい。

End


市丸サイドも宜しければ!

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