戻れない全てに。


たった一時、



夢を見させて。

桜の下でもう一度 side:市丸



何も無い、暗闇の世界。
心も無い、無音の静寂。

脳裏に霞める君の瞳はこの世界をしても、淡く輝いて。

忘れたくなんてない。
でも、思い出せない。



君の笑顔はどんなのだっけ?



冷めた翡翠は夢に出て、憎しみに歪むその顔は一秒単位で現れる。

あの日の君が僕の思い出。





「冬……」



君と離れて初めて言った、恋人の名。
一度でも呼べば止まらないと判っていたから。

「冬…」

「冬……」

でも、もう駄目。
溢れた言葉は止め処無く、静まり返った空間に虚しく響くだけ。





『お前が飽きるまで……付き合ってやるよ』





空を眺めていた。
雲も風も無い、ただの闇。

君の事を考えていたせいか、あの日の言葉が脳裏を駆ける。

「……飽きる訳無いやん」

桜の下で誓った永遠の愛。

頬を桜色にして俯いて。
僕に心を開いた、あの瞬間。

君は漸く僕の腕の中へ。



大好きなのに、思い出せない君の顔。



裏切り者を始末しに……僕を殺しに来てくれるその日まで、僕は君の事を憶えてられるのだろうか。

「冬…」

無音の世界に消える言葉。

見据える瞳は、空の下。



「あの日に戻りたいなぁ…」



返事なんて返るわけの無い世界へ。





桜の下でもう一度、


君に会いたい。

End



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