真っ暗な真っ暗な部屋。そこに本当の俺がいるんだ。誰も入れない、入ろうともしない、ここは俺の心の中。

見上げた先に



「きりちゃーん!」

高々と挙げられた手が右に左に揺れ、明るいその声は明日に控えた長期休校への期待に満ち溢れているのだろう。
ここに来るまでは掛けられた事もない裏も表も無い純粋な声。その声に呼び止められて、俺は笑顔を作り振り返った。

「おー乱太郎ー」

作り笑顔は得意。こんな時、本当の俺は部屋に鍵を掛けて出てこない。

「帰る準備出来た?」
「まだ何もしてないけど…え、もう帰るの?」
「とーちゃんが早く帰って来てくれって」
「乱太郎の家も大変だな」
「農家は辛いよ」

そんな事をいいながらも、家族に逢える嬉しさからか、目の前の友人の頬は弛みっぱなしで締まりがない。きっと学園中がそうなのだろう。
自分だけ、なんて考えるのは遥か昔に捨てた感情。今さらな事につい笑い出しそうになった。

「乱太郎ーきり丸ー」
「あ、しんべヱだ!おーい!」
「もう皆クラスにいるよ〜」
「ヤバイ!急がないと先生来ちゃうよ」

乱太郎としんべヱは駆け足で教室になだれ込んだ。俺は一緒に駆ける訳でも無く、腕を頭に回しその後ろ姿を眺めていた。
何故か、教室に入りたくないと体が拒否しているみたいだ。

「きり丸」
「あ、土井先生」

一人廊下にいた俺の後に、気付けば先生が立っていて。

「教室にいかないのか?」
「……行きますよ」
「元気ないな、悩みか?」
「別に……」

自分でも分からない頭のモヤモヤに先生は次から次へと質問をしてくる。あーあ、面倒臭い。乱太郎達と一緒に教室に入ればよかった。声には出さないけど、表情に出てしまったらしい。

「何をそんなに不貞腐れてる」
「何でもありませーん」

眉を潜めた先生にこれ以上細々言われたくないと、きり丸は再度頭に腕を回し歩き出した。
先生は追ってこないし、声も掛けない。小さな溜め息がやけに耳に響いた。





「きりちゃん何してたの?」

教室に入れば、それぞれが家族との再会に浮き足立っていて、まあ忍たまと言ってもただの子供だしな、なんて自分を棚に挙げて考える。

大きな父親の背に抱き付き、優しい母の胸に飛び込む。
この時だけ、耳が無くなればどれだけ楽か。頭では聞き流せても、何処に居るかも分からないもう一人の俺が泣き出すんだ。

閉じ込んだって何も始まらない、辛い、辛いよ、涙が止まらない。

そう言って真っ暗な部屋で泣きじゃくるんだ。だからって素直に気持ちをぶつけてどうなるんだ?寂しいと言われた友人はどんな顔をする?何を求めて、何を貰えば満足なのか、考えるだけ無駄な行為。
笑って、笑って、頑張って笑顔で居れば誰にも迷惑を掛けないんだ。それでいい。


だから、手を差し延べなで………先生。





「待たせたな」
「待ってないっす」
「そうか」

明日から始まる休みに向けて、今日は挨拶だけで授業は終わった。
乱太郎達は一旦長屋に戻ってすぐ忍術学園を発った。俺は相変わらず土井先生の家にお世話になっていて、先生だからやることがいっぱいあって帰るのは明日か明後日かと思っていた。でも先生は直ぐに用事を済ませて帰ろうと言って来た。
正直、今は一人になりたくなかった。一人なんて慣れてるけど、こんな気持ちで一人でいたら泣き出してしまいそうで。

「やっと二人っきりになれたな」
「何すかそれ…」
「いや、嬉しいなと思って」
「……嬉しい、か」

変な先生…こんな奴と一緒に居たって楽しくも得にもならないし、今回だってバイト押しつけられる羽目になるってのに。

「バイトが嬉しい訳じゃないぞ」

おっと、考えを読まれたか。

「教え子と一緒だから?宿題させるのが嬉しいとか?」
「宿題は自ら進んでやるもんだろ」

ポカリと軽くだけど、制裁が俺の頭を直撃した。

「痛えー…」
「教え子とかも関係ない。私はきり丸とだから嬉しいんだ」
「……告白?」

ポカッ!今度はさっきよりも強めなゲンコツ。慣れてるけど痛いものは痛い。俺は頭を擦りながら恨めしそうに先生を見上げた。

「……ごめんなさい」

文句の一つや二つ言ってやろうと思ってたけど、見上げた先に見えた先生の目はとても悲しそうに俺を見て居た。だからつい謝る自分が居たりして。

「判れば良い」

そう言って、先生は俺を置いて歩いて行ってしまった。
後姿に少しだけ胸が痛くなった。だからか、俺の足は一歩も前に進もうとしない。

ああやだな。結局一人なんだ。

「きり丸、何をしている。置いていくぞ」
「えっ?あ、待って下さいー」

そのまま置いていけば良いのに、先生は俺が横に着くまで待ってくれた。
嬉しくて、手がポカポカとしてくるのがわかった。

本当の自分も笑ってる。偽りの自分も笑ってる。

先生がいてくれるおかげで、もう少し頑張ろうって思える。


見上げた先に先生の笑顔。
真っ暗な部屋に光が差し込んだ気がした。

End


心の葛藤は誰にでもありますよね。私は毎日が葛藤です(笑)

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