「おえ……気持ち悪ぃ」

朝日が差し込む大きな窓。
ガヤガヤと賑わう朝の食堂。

「つわり、ですね」

カタリと盆を置く音と同時に優しい声色で問いかけられ、その少年は気だるそうにも視線を向けた。

「妊娠を確認してから今日で二ヶ月目に入ります」
「……そうか」

懐妊編



市丸の子供を産みたいと決意したあの夜。
出会ってから何度も訪れた市丸の自室に入り、互いの熱を分かち合った。慣れた景色もこの時ばかりは恥ずかしさで視線を泳がせ、聞きなれた市丸の声も脳を痺れさせ思考を麻痺させた。

大好きなんだ、と実感した。あんなヤツの何が良いのか皆目見当がつかないが、それでも自分の魂はヤツを選んだんだ。

次の日、浮竹により卯ノ花の元へ連れて行かれた。市丸と一緒に寝ていたのをひっぺ返されてだ。
初めは何がおきたのか判らなかったが、浮竹が嬉しそうに孫の顔が楽しみだって言うから、ああ成程なと理解した。

その時はたいして恥ずかしくなかったのに、卯ノ花の口から『妊娠』の言葉を聞いて、頭上に雷が落ちた様な衝撃に目が眩む。
なんて事をしたんだと思っても後の祭り。後から追いかけて来た市丸を一蹴し、元に戻してくれと懇願。それも結局は出来ませんの一言で片付けられ今に至る。

全く、良い見せ者だよ。










「僕の子は元気に育ってるかい?」

立て肘に飯を食っていたら、俺と卯ノ花の間から声が降って来た。

「藍染……」
「おはよう」

ニッコリと人の良い笑顔を見せて、藍染は自分の朝食を片手に俺の横の席に着く。

「何時からお前の子になったんだ」
「ん?最初からだよ」
「馬鹿だろ?」
「僕は細かい事を気にしないからね。君も安心しなさい」
「安心って………」

つわりだか何だか知らないが、気分が悪い上に人の話を聞き入れない男との問答は精神的に参る。卯ノ花は俺に付きっ切りになってる割に放任だし。

「はぁー……コレ、あとどれ位続くんだ」
「コレとは?」

卯ノ花は菩薩の様な微笑で俺を覗き込む。それがまた他人事の様に思えて疲れを増幅させた。

「腹の子供はいつ出て来んだ?」
「通常は十月十日ですが……日番谷隊長の場合、母体の関係上8ヶ月末頃になるでしょうか」
「母体……ねぇ」

毎週わけの判らない機械を体内に入れられて検査をして、順調ですねなんて言われるけど、正直ピンとこない。いや、普通男ならこんな事ありえないから仕組み的に気付かないものなのだろう。外見の変化が全く無いから、子供とか言われてもワクワクもドキドキも無いのが本音。

「……そーいや、市丸はどうした?」
「あら、本当ですね」

気付くのが遅すぎなんじゃ……。藍染は心の中で呟いて、また人の良い笑みを見せる。

「彼は昨日、僕にこう言ったんだ。後は君に任せたって―――」





ドカッ。





「誰が言うか。おっさんなんかに冬を預けれる訳無いやろ」

何時もより一割方低い声で日番谷の横に座る藍染を蹴散らす。今や恋人以上になった人物の声に、少しだけ安心したのは自分の心に仕舞っておこう。

「市丸……お前、何処行ってたんだ?」
「堪忍なー冬ー。寂しかったやろー?」
「べ、別に……」

頬擦りしながら抱き締めてくる市丸を軽く突っぱねながら、それでも巻きついて来る手に手を添えた。

「あらあら、私はお邪魔かしら?」
「なっ!そんなわけっ……」
「卯ノ花はん気が利くやーん。ちょお、冬と二人っきりで話したい事があるんよ」
「日番谷隊長、夕方の検診には必ず来て下さいね。では」

そう言って卯ノ花は藍染を引き摺って席を離れた。席に残ったのは顔を真っ赤にした日番谷と、嬉しそうに少年……もとい、妻を見詰める市丸だけになった。





「冬、コレ見て」
「ん?」

懐からガサゴソと取り出されたのは一枚の紙切れ。そこには一軒の家が写されていた。

「僕と冬の愛の巣や。で、生まれてくる子供を迎える家」

市丸は尊い眼差しで日番谷に宿る命を見詰める。宛がわれた掌がじんわりと温かい。

「お前……」
「あ、でも今から建てるからまだ無いんやけど」
「何時の間に……」
「内装は二人で考えような」

思考が追いつかない。
コイツはどうして何時も俺を驚かせてくるのか。コイツはどうして俺をこんなにも幸せにしてくれるのか。

「……ありがと」
「冬?」

そっと頬に手を添えられた。その手は目元へ向かい撫で上げられ、漸く自分が泣いていた事に気付かされた。

「あれっ、俺なんで泣いて……」
「可愛え」
「違っ……これは腹の子がっ」
「どっちにしても、嬉しいなぁ」

ニヤニヤと締りの無い顔を覗かせ、市丸は不意にキスをしてきた。
驚いたけど、恥ずかしかったけど、それ以上にありがとうって気持ちが勝って、今日の所は黙ってキスをさせてやろうと思った。

End



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