ずっと君を想っていた。
流魂街にいる時からずっと。
初めての出会いなんて有って無い様なモノだけど、それでも僕にとっては大切な思い出。
君は余りにも純粋で、僕なんかを受け入れるなんて。
この手で君に触れる日が来るなんて考えもしなかった。
真っ直ぐに見つめる翡翠の瞳。今は僕だけを視界に捉え、その小さな手は震えてはいるけど僕を掴み。真っ赤に艶めく唇は何度も何度も名を呼ぶ。
今日が始めての夜。
やっと手に入れた君を僕だけのものに。
焦った訳ではない。
寧ろじっくりと時間を掛けた。
大切な君を傷付けたくないから、始めてを怖い思い出になんてしたくなかったら。
それなのに……。
「いちまるっ…」
先程までとは少し違う、強張った君の声。
「ん?……怖い?」
優しく、優しく。
下を向く顔を笑顔で覗き込んで。
「ちが……でもっ…」
「でも、何?」
カタカタッ…。
小刻みに、震えが止まらない小さな体。
落ち着かせる様にその白く透き通る肌に花を咲かせる。じっくりと、解す様に。
「やっぱ止めっ……突然なんて、無理…」
突然?
僕は徐に首を傾げ聞き返す。
今は行為を始めたばかり。
着物を脱がせ、体温を感じてる。
本番はこれから。
「僕に任せ。力抜いてな」
君と付き合うようになってから、此処までくるのに時間を掛けた。
ずっと大切に想ってきたから、初めてを怖い思い出にさせたくない。
焦ってなんていない。
否、
焦っていたのか。
「痛っ……!」
「痛いのは初めだけや、ちょお我慢して」
「やだっ……市丸っ…嫌っ!!」
日番谷は突如暴れだした。
そして、僕は無意識に嫌がる君の腕を捕らえ、布団に縫い止める。
ボロボロと零れる真珠の雫。
その眸は固く閉じられ拒絶が判る。
繰り返すように嫌だと訴え、その姿は酷く弱く僕に映った。
本当は離したくは無いのだけれど、これ以上嫌な思いをさせたくないと思う自分もいて。
僕は逃げない様にと掴んでいた細い腕を開放した。
するりと懐より抜ける小さな体。
寧ろ、逃げたに等しいその態度。
「市丸の馬鹿ッ!」
未だ涙を流したまま、大切な君は部屋を飛び出して僕の視界から居なくなってしまった。
朝。
隊主会の時間。
あの時、君が部屋を飛び出してから僕は追いかけられずにいた。
戻ってこない君の姿をずっと待っていた。
涙で濡れた瞳が、脳裏に焼き付き離れない。
「おはようございます、市丸隊長」
「おはようさん…」
「元気ないですね。どうかされたんですか?」
「…なんもあらへんよ」
僕を起こしに来た副官を適当にあしらって、僕は一人一番隊に向け歩いていた。
程なくして見える集会場の入り口に、ぞろぞろと集まる羽織を纏った人の姿。
と、その最後尾に見えた愛しい少年の横顔。こちらに気付いていないのか、下を向き早足で門を潜る。
「……情けないなぁ」
視線で追うことしか出来なくて。
声を掛ける勇気の無い自分に自嘲の笑みが漏れる。
「――これより隊主会を始める」
総隊長の挨拶で始まった定例事。
なんやかんやと話は進むが、僕にはそんな事如何でも良かった。
未だ視線だけを少年に向けて、昨日の出来事が何度も何度も僕を鬱にさせる。
「……なんであんな事」
考えに耽っていたせいか、つい口を開き呟いてしまった。
「ギン、集会中だぞ」
「あ、すんません…」
横にいる藍染が目だけをこちらに向け注意する。謝りはしたものの、やはり僕の視線は小さな少年へ。
「――ッ!?」
一瞬、彼と目が合った。
心臓が大きく跳ねて、思考が止まる。
だが次の瞬間、素早く逸らされる翡翠の瞳。
「……阿呆」
誰が?
勿論、僕が。
あの日以来、やっとの思いで僕の恋人になった少年は一度も姿を現してくれない。簡単に言えば、避けられていると言ったところか。
「市丸隊長……ちゃんと寝てますか?」
「んー……」
「少し休まれては如何です?」
新たな茶を湯飲みに注ぎつつ、心底心配そうに伺ってくる副官。
「そんな酷い顔してるん?」
「酷い…とは言いませんが、辛そうだったもので」
「そか……。ほなら少し休ませてもらうわ」
淹れたての茶を口に含み、重い腰を上げる。
そのまま何を言うわけでも無く執務室を後にして、廊下に出た瞬間、もう何度目かも判らない溜息が口から漏れた。
「あ……」
自室に戻る途中、ある一人の人物が目に留まる。
フワフワと柔らかな髪を逆立てた小さな少年。此処暫くの睡眠不足の原因の彼。
「日番谷はんッ!」
何も考えないまま声を張り上げていた。
と同時に駆け出していて、気付けば彼はもう目の前。
「何だ」
吐き出されたのは冷たい声。
否応無しに思い出させられる、あの日の事。
「堪忍な」
謝る。
それしか今の自分には方法が見当たらない。
「なあ、こっち見てや」
「離せ」
「ほんま悪かったって思っとる」
「……俺は忙しいんだが」
「嫌や。こっち見てくれるまで離れへん」
「……」
駄々っ子なんて承知のうち。
でも漸く会うことの出来た彼をこのまま放すなんて出来ない。これ以上後悔すれば、自分は一体如何なってしまうのか。
「泣きそうな面だな」
「ほんまに泣きそうやもん」
惨めだろうが何だろうが、そんな事構ってられない。
僕は必死に縋り付いて謝ってを繰り返した。
「もう怒ってへん?」
「さあな」
「何度でも謝るから嫌いにならんといて」
何度も縋って縋って。
いい加減呆れてきたのか、聞こえてきたのは小さな溜息。
「頭冷えたか?」
「そりゃもうキンキンに」
そう言うと、少年は馬鹿だなと言いながら笑顔を見せてくれた。
久し振りに見る彼の笑顔。心の中で引っ掛かっていた何かが呆気なく取れた感じ。
期待に胸が躍る。
また二人で居られる事に全身の体温が上昇しだす。
「なあ、泣いた僕でも好きでいてくれるん?」
「それがお前なら」
「嬉しいなぁ」
照れた様に下を向く恋人を両手一杯広げて抱き締める。
力を籠めれば消えてしまいそうで。
少しだけ結ぶ腕を緩めて、それでも話さない様にと抱き締めた。
「少しずつ、な」
「ああ」
そう、
少しずつ、恋人になっていくのも悪くは無い。
End
必死な市丸が大好き。
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