それはまだ二人が付き合っている事を、誰も知らない。

そんな頃のお話。

君を護るため



おやつ時にソファーに腰掛け休憩を取っていた松本は、煎餅を齧り、茶を啜り、大した仕事もしていないのに疲れたと呟いて。

「隊長〜?休まないんですか〜?」

気だるそうに声を出し、大きな執務机に座る少年を見やる。

「お前がサボるから休めないんだろっ!」
「そんな事言ったって〜。今日メチャクチャ寒いから手が動かないんですよぅ」
「手袋付けて仕事しろっ!」
「酷ーーーい!隊長ったら鬼ですね」

口ばかりを動かして、結局は仕事をしない副官。
いい加減相手をするのも面倒になってきたので、未だぶつぶつ言う松本を無視して日番谷は仕事を続けた。

黙々と机一杯に広がる書類の束と格闘して、筆を奔らせ執務をこなす。

「あ!良い事思いついた!」

パン!と乾いた音が聞こえた瞬間、勢いよくソファーから立ち上がった松本。ずかずかと俺に近付き両の手を机へと叩き付けた。

「鍋パーティーしましょう!!」
「はあ?!」

呆れる俺を無視して、松本は凄まじい勢いで計画を練っていった。集めるメンバーや、材料の調達、宴会をする場所までをものの数時間で決めてしまい。
有無を言わさず、本日の執務終了後集まる事と念を押された。

この行動力を如何して執務に発揮してくれないのか、考えた所で無駄なんだけど。溜息なんて吐く事さえ疎ましくて、立て肘を付きながら忙しく動き回る副官を眺めた。





何だかんだで全てが纏まり、外も夕暮れを眺めれるほどまで日が落ちた。松本の慌しさも勢いを増し、俺を置いて執務室を飛び出して行った。





遅れて宴会場へ着いた日番谷は、目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。

「な…なっ…」

声にならない声。入り口に突っ立って動かない少年に気付いた人々。

「あ!日番谷隊長遅かったっすね!」
「シロちゃん待ってたよ〜」
「日番谷は〜ん寂しかったわぁ〜!」
「お!やっと来たか!」
「日番谷隊長!」
「日番谷君!」

わらわらと近付いてくる男や女に、日番谷はおもちゃの様に弄ばれた。

「なんでテメーらまで居るんだよっ?!」

漸く正気に戻った少年の、部屋全体に響く大きな声。
冷静になってあたりを見渡せば、知った顔のオンパレード。
つまりは、護廷十三隊の隊長、副隊長が見事に揃っていた訳で。

「松本……集めすぎだろ」

がっくりと肩を落とした日番谷は、促されるまま集会場へと足を踏み入れた。



席へと案内され、丁度部屋の中央辺りだろうか、そこに腰掛けて。目の前には俺の顔の三倍はあるであろう大きな鍋がグツグツと肉や野菜を煮え滾らせている。それが全部で五つ取り揃えてあり、此れだけの人数で宴会をするのが本当なんだと再確認させられた。

程なくして大まかな準備が整ったのか、女性人が席へと着き始め。
何故か張り切って進行役を勤める総隊長の長ったらしい演説も終わり、其々のグラスに酒を注ぎ、ゴホン。咳払いをした京楽隊長の乾杯の音頭。

「堅苦しいのは性分ではないので。いくよ〜っっ乾ーー杯ーー!!」

始まりました。鍋パーティー!
グラスを掲げた後は各々好きなように呑んで食べて、ケラケラと話に華を咲かせる奴や完全に喰いに奔ってる奴、普段とは懸け離れたこの風景に漸く日番谷も慣れ始めた頃。

「日番谷隊〜長〜横良いっすか?」
「駄目や!日番谷はんは僕の横って決まってるんや!」
「そんなっ、じゃ反対の横は良いっすよね?」
「あかんわっ!!どっちも僕が座るに決まってるやろ」
「なんすかそれ…」

銀髪をサラリと靡かせ日番谷に抱き付く男と、赤髪を一つに纏めた刺青男。その二人の、本人を無視しての言い争いが突如始まった。

「こらこら…日番谷君が困ってるじゃないか」

ごちゃごちゃともめる、その場所の真向かいに座る男。眼鏡の奥に優しい眼差しを含んだ藍染の姿。

「藍染はんは関係無いですやろ!」
「そうですよ!これは俺と市丸隊長との問題なんすから!」
「せやせや!引っ込んどいて!」

別にこんな所で一致団結しなくても…。藍染は二人の罵声に溜息を落とし、グラスに入った酒を飲み干した。





シロがあんな事を言わなければ、僕はこんなにもイラつく事は無かったろうに。





『いいか藍染!この事は絶対誰にも言うなよ!』





これは君と僕とが付き合うために決めた約束、そして漸く手に入れた僕の恋人が勝手に決めた、その約束。

そんなの無理だよ。言いふらしたいに決まってるじゃないか。
女にも男にも好かれて、まぁ尊敬の念がそうさせてるのが大半だけど。極稀にそれ以外の感情を持った輩も居たりして。
一方通行の恋の時は、まだ我慢が出来た。でも僕達は付き合ってるんだよ?どうして黙ってないといけないの?

こうやって、目の前で恋人が言い寄られてるのを、如何して黙って見てないといけないの?


おかしいと思わないかい?ねぇ、シロ。





「藍染隊長!食べてます?」

考えに耽っていたら、ニコニコと相変わらずの笑顔を見せる雛森君の顔。僕の横に座って、取り皿を取り肉や野菜を入れていく。

「ありがとう…」

今はそれどころじゃないのに。僕は忙しいんだよ、判るかい?雛森君。
とは言っても、折角の行為を無碍に出来ない。僕は彼女が手渡してくれた皿を貰い、笑顔を返した。





「止めろっっ市丸!」

ちょっと目を離した隙だった。僕の耳に飛び込んだ、恋人の悲鳴。慌てて振り返れば、ギンに何やら詰め寄られているところだった。

「そない嫌がらんでもええやん。ほら、あ〜〜〜ん」

殺すよ、ギン。
僕だけが触ってもいいその細い腰に腕を回し、動けない事を良い事にシロの口に箸渡しをするギンの姿。

それを確認して、僕はゆっくりと席を立った。



「おいっ、止めろって!市丸っ!」
「ひゃ〜可愛えなぁ、その顔!」
「このっヘンタイ!」

動く事も間々ならず、箸が口に到達するまで後僅か。


ガシッ―――!!


「うわっ?!」

突然、日番谷の目の前が移動した。居たはずの市丸の姿は無く、背が高くなったのかと錯覚するくらい視線が高い。
腹は圧迫により、少しだけ苦しい。だけど、背中が凄く温かい。

「え?!」

振り返ってみれば、同じ目線で目が合うそいつ。口は笑っているが、その瞳は一切微笑んではおらず。

「藍染っ!?降ろせっ」
「嫌だね」
「降ろせって!」

日番谷は藍染に抱き上げられていた。下にはポカンと口を開けたままの市丸と阿散井、それ以外にもこの突拍子も無い行動に皆の視線は釘付け。

「嫌」

それだけ言って、クルリと藍染は日番谷の体を反転させ、自分と向き合わせる。

「ちょ……ぅんっっ?!」

何かを言おうとしたのか、だが日番谷の口はそれ以上を語ることは出来ないでいた。
それは、藍染の口により塞がれていたから。

「んんっ!!」

何とか逃れようと暴れてみる日番谷だが、到底子供の力では非力すぎて。

カラン―。端の落ちる音が、静まり返った室内に響き渡る。

誰しもが藍染の行動に呆然と見入っていた。そんな事はお構い無しに、重ねる唇を離そうとはしない。
日番谷の瞳にじわじわと浮ぶ雫、それでも離そうとしない藍染。





「ちょおっ!何しとるんやっ!」

やっとの思いで声を出したのは市丸。抱き締められ、動けない日番谷を藍染の元から引き離そうと立ち上がる。

「何って…キスだけど?」
「日番谷はんが嫌がっとるやろ!」
「そんな筈は無いよ――」

御免ね、シロ。約束は守れそうにない。

「――僕達は恋人同士なんだから」

この場に居た全員が耳を疑った。その中でも一際信じれないと言った感じの表情を見せるのはあの二名。

「な、ななななななな何やてーー?!?!」
「日番谷隊長!マジっすか?!」

顔面蒼白、面白い位にうろたえる市丸と阿散井。

「藍染!お前っあれだけ言うなって!」

怒り心頭の日番谷。

「御免よ。でも仕方が無かったんだよ」



君を狙うあいつ等から、君を護る為に。
そして、僕達の恋が永遠に続くために。



「嫉妬した僕を許してくれるかい?」
「嫉妬なんて餓鬼がするもんだ!」
「餓鬼でいいよ。だから僕だけを見てて欲しい」
「……最初からお前しか見えてねーよ」

そんな感じで、無事公認の中となった二人。例外は居るが、祝福されながら鍋パーティーは再開された。

End


公認バカップル☆雛森の制裁が怖い。

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