「おはよう」

誰も居る筈の無いこの部屋に向けて一人呟く。
藍染達の反逆からもう二ヶ月。俺は引率と言う形で現世に来ている。変わり栄えの無い毎日…俺にとっては退屈な、寧ろ空虚な日々。頭がおかしくなりそうだ
……なぁ市丸、俺を置いて何処へ行っちゃったの?寂しくて寂しくて……


いっそ



死 ン デ シ マ オ ウ カ

いつまでも君の側に



「お早うございます!隊長」

突然空から振ってきた声に驚き、未だ虚ろだった日番谷は気分を害し眉間に皺を寄せる。声の主はその表情を知ってか知らぬか、相変わらず煩い。

「松本…お前、朝から元気だな」

目を開けず、背を向けたままの日番谷の返答。

「当たり前じゃないですか!さぁ、起きた起きた」
「え、ちょおっ、おい!!???」

勢いよく布団ごと引っくり返され顔面から落ちるという、隊長としては不本意な体制で着地をしてしまった。

「馬鹿野郎!!突然何すんだよ」

おでこを摩りながら、まだ半寝惚けのまま睨み上げる。

「今日は一護と尸魂界に行く日なんですけど」
「あ…忘れてた」
「もう、そうだと思いましたよ」

呆れ顔の松本を余所に日番谷はまたゴロリと横になり目を瞑る。

「隊長!寝たら駄目ですよ」
「すぐ行く…先に行って待っててくれ」
「…早くして下さいね」

そう言うと溜息を一つ落とし松本は部屋を出て行った。

「行きたくねぇーな」

あそこに行けば嫌でも現実を突き付けられる。未だ忘れられないアイツが居た現実を……
松本同様、日番谷も溜息を一つ吐き部屋を出て行った。






「遅せーよ。ったく、まだまだ餓鬼だな冬獅郎は」

朝一番の挨拶がこれか…。取り敢えず一睨みをし決まり文句で言葉を返す。

「日番谷隊長だ」
「分かったって!そんなに睨むなよ」

こいつの名は黒崎一護。藍染率いる破面を撃破すべく行動を共にしている一人。

「なぁ、そう言えば、恋次達は行かねーの?」
「皆で行ったら誰がこの地区守るんだよ」
「あ、そっか」

間の抜けた沈黙…。はぁー。と、日番谷はこれ見よがしに溜息を吐く。

「まあまあ、仲良くしましょうよ」

睨み合う二人。

「行きますよ〜」

無視!!

「隊長〜、一護〜」

無視!無視!!

「……私をシカトするなんて…良い度胸じゃん」
「!!」

二人はサイドから漂う殺気を感じ、恐る恐る振り返る。見れば鬼の様な形相の松本が仁王立ちで二人を見据えていた。

「ひっ……」
「二人共…私に言う事があるでしょう」

目が据わっている…。恐怖のあまりゴクリと生唾を飲んだ二人は、松本の方へと体を向き変え深く頭を下げる。

「「ごめんなさい」」

ハモリながらの謝罪。

「よろしい。では、出発!」

漸く笑顔が戻った。二人はホッと胸を撫で下ろす。






「うわぁ〜、相変わらずだだっ広いなぁ」
「さっさと行くぞ」
「へいへい」

久し振りに来たのだから仕方が無い。一護は辺りをキョロキョロ見渡しながら歩く。
ピピピピピッ……。松本の懐から突如、音がした。

「伝令神機……現世で何かあったのかしら…」
「早く出ろ」
「もしもし?……えっ、…うん………分かったわ。隊長に伝えてから返事するわね」
「阿散井からか?」

眉間に皺を寄せながら事を確認する。

「はい。応援要請でした」
「三人いても間に合わねぇのか?」
「数が半端じゃないらしく、大虚も一体いると報告がありました」
「面倒だな…」

考え込む日番谷…。それを見ていた一護が痺れを切らし、急かす。

「で、どうするんだよ、冬獅郎」
「日番谷隊長だ」
「分〜かったよ!」

両者、再度睨み合う。

「はぁ…。取り敢えず、二人は現世に戻ってくれ。報告は俺一人でやってくる」
「分かりました。じゃ、行くわよ一護」
「おう!!じゃな、冬獅朗」
「(怒)」

二人を見送り、自分も早く報告をして戻ろうと足を速める。
日番谷が去った後、その背中を見つめる者が一人……。






「十番隊日番谷です。総隊長は居られますか」

目の前に聳え立つ一番隊室の扉の前で声を張る。

「待っておったぞ。入れ」

中へと案内された日番谷は、急ぎ口調で今までの報告と先程あった連絡を伝えた。報告をし終えた日番谷は一番隊室を後にする。
現世に戻る帰り道を一人歩く。


思い出したくなかった……。早く戻る事ばかり考えていたので行きは全く気付かなかった。
日番谷は三番隊隊舎の前で立ち止まっていた。

動け…俺の脚…早く、早く行かないと……。

「…馬鹿だな俺」

何を期待している…ここにはもう奴はいない…。俺を欺き空へと逃げたんだ…。もう、会う事すら叶わない。
今度会う時は―――。

「…っ」

頬に一筋の雫が落ちた。無意識に泣いていたらしい。

「市丸…俺を置いて何処行っちゃったの…」

寂しい…辛い…苦しい…。今まで必死に隠し通してきた感情が一気に溢れ出る。

「来てくれないと……死んじゃうよ」

突然、フワリと風が吹いた。とても暖かで…アイツに抱き締められている感覚…で…。

「?!」

己の目を疑った。だって目の前には居る筈の無いアイツが…。







「市丸…」







「…逢いたかった」

とても優しい声…昔と変わらない……。

「どうして…」
「冬が呼んだから…」

抱き締める腕を強める。

「でも…」
「僕は何時も冬の側に居るから」
「え…」
「せやから、死ぬなんて言うたらあかん」

市丸の顔がそっと下りてきて唇に触れた。久し振りの感触にまた涙が溢れ出る。

「ごめんな…辛い思いさせしもて……」

日番谷の瞳から止まる事無く溢れる涙を指で掬う。

「市丸の側に居たい…。離れ離れなんて嫌だ」

今日だけの我侭。

「ごめんな」
「嫌だ!…謝る位なら俺を離さないでくれ」
「冬…」
「……」





「ごめんな」





「愛しとる」





……結果なんて判りきっていた。こんな事で戻る位なら始めから裏切ったりはしない…。
涙を拭い前を見た時、既に市丸の姿は無かった。

「バイバイ…市丸」

ぐっと背伸びをし、日番谷は現世へと戻るべく道を歩いていった。






「冬…僕は何時までも君の側に居るよ。離れたりはせえへん……」




日番谷を見送ると市丸もまた、闇へと姿を消した。

End



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