今はまだ届かない



チャイムが響く校内。其れと共に騒がしくなるこの場所。
今は帰りの時間。皆足早に各々の部活や家へと向い、少しずつ静けさが増す教室。



「なぁ冬獅郎、今日もダメなのか?」

オレンジ色の頭をした男が、帰り支度をしながらも問いかける。

「ん〜…多分」

男の視線の先には、銀髪を逆毛た少年。同じく帰り支度をしながら返事を返す。

「なぁー。たまには俺に付き合おうとか思わねーの?」
「別に。どうせお前の事だ、ゲーセンとか行こうってんだろ?」
「……そうだけど」

考え事を見事に当てられた男は拗ねた感じで視線を逸らし、ぶつぶつと何やら文句を垂れ、眉間の皺を深くする。

「……今日だけなら付き合ってやるよ」

根負けと言えばそうなのかもしれないが。新学期が始まって、黒崎と仲良くなって、正直一度も遊びに行った事が無い。友達と呼ぶからにはゲーセンの一回や二回、付き合っても悪くないか。
しかし気掛かりな事が一つ。

「兄貴に電話してみる」

冬獅郎が遊びに行けない理由。
それは…、



「もしもし?うん、あのな…今日は迎えいらないから」

教室の隅で冬獅郎は兄貴に電話。そいつとは腹違いの兄弟ならしく、冬獅郎の事を相当可愛がり毎日学校へ迎えに来る。俺はその兄貴を車の窓からチラリとしか見た事がなくて。冬獅郎と同じ、銀髪ってだけしか知らない。
今日も変わらず兄貴が迎えに来る。それを断る電話を今してる訳で。

「友達と遊んでから帰るから…ごめんね…うん、早く帰る様にする」

話が終わったらしい冬獅郎は、こちらに向かい歩いてくる。

「黒崎行くぞ」
「お、おうっっ!!」

初めてのデート。
もとい、初めての寄り道。

俺の心は躍っていた。
だって、俺はお前の事が……。





上機嫌で学校を出た黒崎とやれやれと言った感じで歩く、冬獅郎。

その後ろに一台の車。
サラリとした銀髪を靡かせ、煙草を吹かす男が一人。

「あかんなぁ…」

一言そう言うと、エンジンが掛かった車は二人を追って動き出した。





「結構人いるな」

ガヤガヤと、人の声なんて書き消す程の音響。側に寄り耳を近付けないと声が聞き取れない。

「学校帰りの学生が行く所なんてここしかねーからな」

何処を見ても学生服。スロットをしてる奴やらモデルガン持ってなんかマジになってる奴。空いてるゲームなんて限られており。

「おい…どうすんだ?」

冬獅郎は眉間の皺を深くして俺を睨み上げる。可愛いな、なんて思いながらも腕を組み頭を傾げる。

「ん〜」

唸り声を出しながら、考えてる素振りを見せてみたり。
正直ゲームがしたいから誘った訳じゃないから。お前との時間が欲しかったから誘っただけ。
ま、あわよくば遊びに夢中になる冬獅郎の顔が見れたら良いなvVとか思ってたりしたけど。

「ジュース飲む?」
「あ?」

突拍子も無い問い掛けに冬獅郎はあんぐりと口を開く。
待っててと黒崎はそう言い残し、人を掻き分け消えて行った。



一人取り残された冬獅郎は、フロアの真ん中で何もしないのは流石に手持ちぶさたで。

「取り敢えず何かすっかな」

辺りをキョロキョロしても、何度見ても空いてるトコなんて無くて。

「……あれでいっか」

一か所だけ空いていたスペース。大きな硝子に囲まれピンクやシロやらで賑やかなクレーンゲーム。中には縫いぐるみが入っており、興味は無いが何もしないよりはマシと硬貨を手に持ち、前に着いた。

「あの奥のがいけそうだな」

標的を定め、いざ投入!
と、不意に背中が暖かくなった。視線を落とせば、冬獅郎を包む様に台へと置かれた両の腕。

「――楽しそうやね…?」

耳に唇が触れる程、低い声で呟かれたそれ。



「兄貴っ!?」

クルリと大きな瞳をこちらに向けて、同じ銀髪の兄へと体を向ける。

「迎えに来たで」

ニッコリと優しい笑みを纏い、視線を合わせた。その言葉を聞いて、少し困った顔を見せた冬獅郎。それを知ってか知らぬか、小さな肩に手を添えて、帰る様に促す男。
冬獅郎はゲーセンの奥を見つめ、なかなか歩こうとはしない。





「冬獅郎っっ!!」

すると、どこからか慌てて声が掛かる。見れば缶ジュースを持った一護の姿。ゼーゼーと息を切らしながら視線の先の二人を見る。

自分の横に立つ兄と一護を交互に見つめる冬獅郎。どちらも目付きが悪くなったのは気のせいか。

「冬、……誰?」

最初に声を掛けて来た時と同様、低い声での問い掛け。

「…同じクラスの黒崎一護。一緒に来てたんだ」

兄の態度にちょっとだけ嫌な予感がして、俺は素直に全てを答えた。
一護が近付いて来る。

「冬獅郎……そいつ誰?」

こちらも同じく低い声。初対面で有り得ない程の冷めた空気。

「…俺の兄貴」

何故、俺がこんなビクビクして答えないといけないのか。なんかちょっと疲れて来た。

「あんたが冬獅郎の兄貴か」
「せや。よろしゅうに」

バチバチ。
小さな少年の頭上で火花が激しく散った。

「ほな、帰るで冬」

グイッと、少し力を込めて、腕を引き。

「えっ、おわっ?!」

親子ほどの対格差のせいもあって、簡単に体が傾く。

「冬獅郎っ!」

慌てて黒埼が駆け寄るも、時既に遅し。兄貴の腕に保護される様な形で守られ、手は出せず、ただ呆然と出口に向かう二人を見送る事しか出来ないでいた。



「クソッッ!!」

目の前にあったベンチを蹴り上げた。何故かあの兄貴の顔が頭にこびり付いて離れない。

苛立ちが募る。
アイツは冬獅郎の兄貴だろ?!なんなんだ、あの嫌な感覚……。



「あ、一護っ!!?」

拭えない怒りに拳を震わせていた時、どこからか知った声。

「……恋次」

そこには同じ学校の、クラスは違うがよく放課後遊びに行ったりする阿散井恋次の姿。横には顔に刺青を入れた檜佐木の姿も。ぶっちゃけ、この刺青コンビが並ぶとかなり目立つ。そこにオレンジ頭も混ざれば、最強トリオ。
店員の視線も妙に気になる事だし、三人は取り合えず近くのカラオケボックスへと移動する事にした。





「「ええっっ?!お前、冬獅郎の兄貴と会ったのかっっっ?!!」」

部屋へと入るなり、二人のドアップと驚愕の声。驚きに後退り、取り合えずソファーの上へ。

「な、何だよ……会ったら悪ぃのか?」

理解できないといった感じの一護に呆れる二人は、大袈裟に溜息を吐く。

「一護、いいかよく聞け……」

真剣な表情で、阿散井は一言一言丁寧に話だす。
一護はゴクリ、生唾を飲んで耳を傾けた。





「………ギン?」

エンジンの音だけが聞こえる車内。音楽も何も流れていないせいか、やけに静か。ハンドルを握る兄に声を掛けるが返事は返らず、表情から怒っている事だけが読み取れた。
渋滞に巻き込まれながら、そう時間も掛からない内に自宅のマンションへと着いた。車を駐車場に止めて、鍵をかけ、何時もなら笑顔で振り向くその顔も、今は完全に反対を向いて。
体格差のせいか、ギンの早足には走って追いかけないと着いて行けない。話し掛ける隙も無いままギンは備え付けのエレベーターに乗り込んだ。慌てて後ろを追う冬獅郎も、戸が閉まるギリギリで乗り込んで、息を切らしながら自宅のある7階へと到着するのを待つ。



自宅に到着して、ギンはそのまま自室に篭った。リビングに一人取り残された冬獅郎。正直、兄が怒っている意味が判らない。
嘘を吐いた訳じゃない。時間だってそうたってもいない。なのに何であんなに怖い顔をするのか。

「ふぅ〜…どうすっかな…」

ソファーにどっかりと腰掛けて、この後の行動を考える。って、考えたところで、どうするかなんて一つしかない。

このまま兄貴に会わないと、後が酷い。
以前にも一度だけ似た様な事があった。あの時も同じ、兄が怒る意味が判らなくてそのまま無視をしていた。三日ほどその状態が続いて、その日の夜、悲劇が襲った。怒り狂った兄貴に拘束され、なにされ、学校すら行かせてくれなくて一週間の無断欠席。流石に親も心配になったらしく、普段は居ないこのマンションに戻ってきた。

お陰で開放。

今もそれと全く同じ状況だ。俺の頭に警笛が鳴り響く。

「よ…よしっ…!」

意を決して。
手にはあぶら汗。足は小刻みに震え、鼓動が早まる。
一歩一歩確実に前に進んで、目の前には扉。恐る恐るノブに手を掛けて、ちょっとだけ顔を覗かせる。

部屋の中央に置かれた真っ赤なソファー。そこに兄貴は居た。
手には煙草、足を組んで雑誌を見ている。兄弟で言うのもなんだけど、格好良い思う。俺とは正反対。まあ母親が違うから、似て無くても変ではないんだけど。

「ギン……」

伺う様に部屋へと入り、手を後ろにモジモジと入り口に立つ。

「……」

振り向く事もしないで、ギンは煙草を深く吸い、灰皿へと押し付けた。

「怒ってるの?」
「……」
「返事してよ…」
「……」

ペラペラ。
一人の時と変わらず、本を捲る。新たに煙草に火をつけて、フーと大きく煙を吐く。

「っっ〜〜〜もうっっ!!!」

ダンッ!!
下の階に響く位に足を叩き落して、冬獅郎は頬を膨らませて兄の横へ。
暫く上から睨んでみたが、無視。ならばこちらにも考えがある。冬獅郎はその細い足を持ち上げ、ドッカリ、

「っ…冬?!」
「俺を無視するなっ!!」

ソファーに座るギンに向き合う形で跨った。

ギンは組んでいた足を下ろし、冬獅郎はそのまま兄の股に腰を落とす。

「火傷するやろ」

ギンは慌てて火を消して。

「いいもんっ」

完全に拗ねた冬獅郎はそんな事お構いなく、そのまま首にしがみ付いてしまった。

「ねえ、怒ってるの?」

もう一度、確認。

「怒って欲しいん?」
「嫌」

フルフルと首を振って。すると、小さく笑う声が聞こえた。

「可愛え」

首筋にキスをされ、胸元がごそごそすると思ったら、制服のボタンを外されていた。

「っ……!」

肩まで露になって、ペロリ。ギンの舌が線に沿って舐め上げる。その感覚にふるりと体が震えると同時に、脳天に駆け上がる電流。舌の体温が気持ちよくて、抱き締められる強さが心地良い。
ゆるゆると抜ける、腕の力。それをしっかりと支える兄の腕。

「……ベットに行こか」

コクリ、小さく頷く少年。確認して、抱えたまま後ろにあるベットへ向かった。



スプリングの軋む音、まだ暗くなるには早い時間。それでも部屋に充満する蜜の香り。
始めに冬獅郎の服を脱がし、誘うように立ち上がったそこへ手を添える。緊張からか、振れるだけで跳ねる体はそれはそれで興奮を誘う。

「あかん…興奮するわ」

貪る様に唇を絡めあい、女性とは違う濡れる事のないそこを時間を掛けて解き解し、大人のそれを受け入れる準備をさせる。
器用にもその最中にベルトを解き、自身を出して。誘う様に痙攣する蕾へ先端を宛がう。

「ああっ…ひぁっ……ギ、ンッ」
「はっ…冬の中、めっちゃ気持ちええ…」

スプリングの跳ねる音。荒い息、吐息。

「んぁっ…ギン大好きっ……あっぁっ…もっとっっ…」
「冬は淫乱さんやなぁ。僕だけにしときや?」
「ギン……だけだもんっ……あぅっ…はぁっあっ…」
「ほんま?」

糸が切れた吊人形の様にガクガクと頭を上下に、真っ赤に染まった頬に光る雫をペロリ一掬い。

「ほな今からが本番や。今日は寝かせへんから覚悟し」

今日初めて見せた兄の笑顔。冬獅郎はそれを確認して、此方も笑顔。



この部屋から少年の喘ぎ声が聞こえなくなったのは、日付が変わった真夜中だった。







ピピ……ピピピピピピッ。

「ん…」

ピピピピピピピピピッッ。

「……8時か…………」

ガサガサ。
目覚ましを止めて、再度布団に潜る音。

……。

「ッッッ8時ぃぃぃいいい?!?!」







ガシャガジャンッッ!!!ドカッ!!

「冬っ?!」

余りの騒音に飛び起きたギンは、まだ寝ぼけ半分で瞼を摩り、走り回る少年を見やる。

「遅刻だーーー!!!!やっべーーよっ!!」
「学校8時半からやろ?車で送ったるで安心し」
「車はいい。黒崎と行く約束してんだっ」

「黒崎…やて?」

ピタリ、ギンの動きが止まる。冬獅郎はお構いなく学校の準備。

「そんじゃ行ってくるっっ!」
「冬っちょお待って!」

呼び止められて、大きな翡翠を自分に向ける。
下着姿のギンが近付く。綺麗に付いた筋肉が、男らしさを強調して、ドキリ、心臓が高鳴る。

チュッ。
首下に軽くキス。

「気ぃ付けてな」
「うん。行ってきます」

バタバタ。
走って玄関から出て行く冬獅郎を、ギンは笑顔で見送った。
口角が吊り上ったのは、本人しか知らない。





「恋次の野郎……昨日は適当並べやがってっっ」

黒崎医院より少し離れた公園の入り口で、一護はそわそわと落ち着き無く辺りをうろつく。

「誰が信じるかってのっ!!」

呪文を唱える様にブツブツと、傍から見ればかなりの不審者。
ふと、腕時計を見れば時刻は8時を少し過ぎた頃。普段なら自分よりも早くに待っている筈の少年が居ない。

まさか兄貴に……。

「ち、違ーーう!!!冬獅郎が兄貴なんかとっっっ……」
「俺が何だ?」
「冬獅郎ッッ!」

視線を落とせば、何時の間にやら待ち人の姿。眉間に深く皺を寄せて、睨み上げられる。

「お前、変だぞ?」
「へ?俺??」
「挙動不審っちゅーか、落ち着きが無い」

そうかな…一護はポリポリと頭をかき、苦笑い。
取り合えず、時間も時間なので二人は学校に向け歩き出した。





「なぁ、冬獅郎……」
「なんだ?」
「いや…なんでもねぇ…」

テクテクテク。

「なぁ…」
「あ?」
「いや…」

テクテクテク。

「あのぉ…」
「何だよっっ!!」
「〜〜……;;」

テクテクテク。

「……冬獅郎って、好きなヤツ居るのか?」
「えっ……」

俺が問いかけた途端、冬獅郎の目は大きく開かれて。よくよく見れば瞳を右へ左へ、何かを考えている様子。

「居るのか……その…好きなヤツ」

何故か重い空気が漂う。冬獅郎は下を向いたまま顔を上げない。

「…黒崎は…居るのか?」
「へ?」

予想外の問いかけに、思わず声が裏返ってしまった。
でも、正直チャンスだと思う。俺の気持ちを……知ってもらう。

「…好きなヤツ居るよ」
「そうなのか?誰だ?」
「誰って」

やっぱり…。
そうだよな…。

「うわっ?!」

一護は歩く足を止め、冬獅郎の前に立ちはだかる。突然の事で驚く冬獅郎の肩を掴み。

「っっ…俺が好きなのはっっっ!」



プップーー。

「冬ーーー!」

こんな真剣な時に耳障りなクラクション。ついでに、一生聞きたくなかったヤツの声。

「へ?兄貴っ?!」

ハザードを付けて車を歩道に寄せて、そして窓から顔を出したと思えば、ニタリ、忘れないあの笑顔。

「襟、きちんとせな見えてまうで〜」
「襟?え、え、え??」
「―――!!」

言われて俺は視線を落とす。そこには…冬獅郎の透通る純白の首筋に…

キ、キキキキキキ…キスマーーーーーク??!??!!

「ほな。気い付けて学校行きや〜vV」

俺は動けなかった。冬獅郎は兄貴の言った意味が判らないのか、未だ疑問の表情で。
ふと、恋次が昨日言ったあの言葉を思い出す。


『兄貴と冬獅郎はデキてんだって。下手に手ぇ出したら確実に兄貴にシメられるぞ』


成程。漸く納得できた。

「…やってやろうじゃん」

フルフルと拳が震える。

「やってやらぁぁぁぁぁああああーーーーー!!!」



今はまだ届かないけど。

この思い、


絶対お前に気付かせてやるっっ!!!

End


ぼーいずびーあんびしゃす。

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