愛されてる自信なんて無い。
僕を愛してなんて言えるわけが無い。

だけど、貴方を愛すこの気持ちは紛れも無い事実だから。

冬に咲く花



今日は久方振りの冬晴れ。
何日も何日も降り続いた雪に太陽が降り注ぎキラキラと眩しく、そして綺麗。

「んー、寒いけど気持ち良い天気だなー」

今日は朝から救護室での治療任務が言い渡されている。
消毒液の臭いは嫌いじゃないが、一日中その場にいると滅入ってしまう。だから今の内に新鮮な空気を肺に溜め込もうと外に出ているわけで。

深呼吸をして軽く柔軟して、頭もすっきりこれで今日一日頑張れる。よし!と自分に気合を入れて、来た道を一人戻った。





「―――返事を」

戻る道すがら、細々と聞こえた女性の声に僕の足は止められた。辺りを見渡せど姿は無く、僕に対して掛けられた声ではないことが判った。

じゃあ誰に?と興味を持ったのがいけなかった。

隊舎近くの塀の下、短髪の黒髪が可愛い印象を受ける女性と……女性の影になりよく見えないが、銀髪を逆毛て隊長服を身に纏う僕と同じ位の背丈の男性が立っていた。

聞き耳を立てれば恋文の返事を待っているらしく、聞かれた男性は何も言わずにただ黙っていた。いや、返事をしたのだろうか。ならば何を言ったのか…。
嫌な予感、と言うと予想の範囲を超えたりはしないけど、僕の頭はその男性を特定させる事を拒んでいる様だった。

拒みながらも、気になるからと二人を見続けてると。

「―――――ッ?!」

突如、女性が身を屈めると目の前に立つ男性の頬を包み唇を重ねた。
傾げた隙間から見えたのは、



「隊長……日番谷…隊長」



大好きだって気持ちばかりが溢れ出て、止まらなくて、告白して、そしたら俺もだって言ってくれて嬉しくて、幸せで………その隊長が今僕の目の前で女性とキスしてる。
つまりは、隊長もその女性の事が好きだと言ったんだ。両想いだから、キスしたんだ。

ドンッ――!

この場を逃げようと、脚を一歩さげた時だった。後ろに茂る寒牡丹に脚をとられ尻餅をつく。
直ぐに二人を見れば、やはりこちらを凝視していて。女性は慌てて姿を消してしまった。僕は二人の時間を邪魔してしまったんだ。

「花太郎……」
「あ、あ……隊長…」

心臓がバクバク煩くて、自分の声が聞こえない。言わなくてはいけない言葉を判っていても、うまく言葉に出せず吃ってしまう。

「見てたのか?」
「いっいえ…その、たまたまっ……」

尻を付きながら後退り。自分自身何がしたいのか判らない現状に、もどかしさが溢れると同時に視界が霞む。
一線、頬に冷たい物が通ったと思えば止め処なく流れ落ちて。線も粒へと変わり、それが涙だと気付かされた。

「すっ、すいませんでしたッ!」

僕は出せる限りの大声で謝り、逃げる様にこの場を後にした。





全力疾走で厠へと走り、鏡を見れば目が腫れていて。落ち着くまでそこに居たら、当然遅刻と卯ノ花隊長のお叱りを受けた。
でもそんな事どうだっていい。小言も何も耳に入らないから。
頭の中は、女性と唇を重ねている隊長とそれを僕に見られた事に眉を顰める隊長が繰り返し繰り返し僕の脳を占領している。

冷静に考えるとまた涙が溢れてきた。

「山田七席、私はそんなに厳しく貴方を咎めたでしょうか?」
「いえ…すいません」
「……何かあったのですか?」
「何も…本当にすいませんでした」

言えるわけが無い。卯ノ花隊長は何処か納得のいかない表情で、だけどそれ以上は何も言っては来なかった。
卯ノ花隊長はゆっくりと席を立ち、僕は軽く頭を下げた後救護室へと向きを変えた。





僕の手が後僅かで襖へと掛かる、そんな時。
ガララッ―――大きな音を立て、四番隊執務室の襖は開け放たれた。

「――ッ日番谷隊長!」

目の前に、今一番逢いたくない人の姿。バチリと目が合ったが直ぐにそらされ、その視線は真っ直ぐに卯ノ花隊長へと向けられた。

「暫く山田を借りれるだろうか」
「ええ、日番谷隊長のお願いならば」
「悪いな……」

二人が話す言葉を聞いているようで聞いていなかった。僕はただ呆然と日番谷隊長を見ていたら突然こちらに視線を向け、ついて来いとだけ声を掛けそのまま出て行ってしまった。

「あっ、日番谷隊長!」

僕は置いていかれまいと必死に着いて行った。





「ここは……」

鮮明に覚えている、朝のあの場所。脳裏に唇を重ねる二人が浮かび上がる。映像を掻き消すように僕は大袈裟に首を振った。

「何を考えている?」
「え……?」
「お前はこの場所に来て何を思い出した?」
「あの…え、と」

認めたくないと心が泣いた。キュウキュウと心臓が締め付けられて、また何も言えずに下を向く。

「あの涙の理由が知りたい」

僕は貴方に気持ちを打ち明けた筈なのに、貴方はなんて酷な事を言う人だろう。

「目に塵が入っただけです」

理由を言えばあの女性に迷惑をかけるし隊長だって困るに決まってる。
頭の中に偽善者ぶる自分が居る。これ以上傷付きたくないが僕の本当の気持ちなのに。

「俺はそんな事聞いてないぞ」
「だって……」
「お前の目は俺を恋人として見てなかった」
「っ………!」

恋人だなんて誰が言える。
あんな一言、聞き間違いだって思えば如何にだってなる事。僕なんかを本気で好きになる筈が無い。ましてや男同士、女性には敵うわけが無い。





「――!?ッやだ!」

突如、隊長に胸倉を掴まれキスをされた。僕は力一杯隊長を押し退け温もりの残る自身の唇を拭った。
直後に溢れ出る涙。朝と同じ、止まらない涙。

「何故拒むんだ?」

大きな翡翠が僕を睨む。辛くて怖くて、僕はまた下を向く。

「俺の事が嫌いか?」

静かに隊長が聞いて来た。顔を上げれば困ったような悲しいようなそんな顔で僕を見ていて。

「嫌いになんか……なれません」
「だったら…」
「僕はずっと隊長の事が好きです。でも、隊長はあの女性が好きなんですよね」

言ってしまった。言えば錠が外れたように溢れる言葉。

「隊長には迷惑を掛けません。この気持ちも無くすように努力します」

言い終われば隊長は大きな溜息一つ、また僕の唇にキスをしてきた。

「隊長っ?!」
「それが涙の理由だな?」
「……はい」
「悪かった」
「えっ……?」

どうしてそこで隊長が謝るのか判らない。むしろ僕が謝らないといけない筈なのに。

「お前に不安を抱かせる程、俺はお前に気持ちを伝えてなかった」
「そんなっ」
「あの女には好きな奴がいると言った。キスは女が勝手にした事だ」
「本当…に?」
「嘘を言ってどうする。俺には花太郎だけだ。これからも、ずっとな」

嬉しさと驚きで僕の脚はカタカタと震えだす。そのままへたれ込む様に尻を地面に付けば、フワリと寒牡丹の香りが鼻を掠めた。
視線をそちらに向ければ、朝、自分が尻餅を着いたその場所で。またこの花を見る事になるとは思わなかった。もう二度とこの場所に来る気は無かったから。

でも、戻ってきてよかった。
気持ちを伝えれて良かった。

よく見れば、白い雪に生える真紅の花弁。今の僕の心の様に満開に、そして鮮やかに咲き誇っていた。

End


花ちゃんの早とちり。この二人は見てるだけで癒されますv

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