「も…やめ…」
「まだや」
薄暗い室内に響き渡る肉のぶつかり合う音。僅かに聞こえるは悲鳴にも似た懇願の声。
どれ位の時間この部屋でこの行為が行われているのか。
未だ揺さ振られ続けている少年は既に涙も涸れ声も潰れて来ている。
「や、ぁ……苦し…い」
懸命に、それでも止む事の無い事情。少年の上に覆い被さり覗き込む狐、市丸はその表情を楽しんでいるようだ。
「この体制が辛いん?ほんなら、こうしよか」
「嫌っあぁっ…あっ」
市丸は陰部を繋げたまま持ち上げ、腰に腕を回し逃げない様に固定をして、再度律動を開始した。
「あっ、あぁっ…ぅんっ…やぁっ」
「冬、気持ちええ?」
「はっ…あぁっ…」
「……気持ち良ぉないの?」
長い時間繰り返された行為に、日番谷の回路が麻痺している事を知っての問い掛け。
「なら、もっと頑張らなあかんなぁ」
「?!っ…嫌っ、嫌ぁっ」
腰を支えていた手を日番谷の両膝へ通し、更に足を開かせ深く突き入れた。日番谷の蕾から先程放たれたばかりの市丸の欲が溢れ出る。
そしてまた、卑猥な音が部屋に響き始めた。
「市丸…もぅ…」
「またいきそうなん?ほんま冬は淫乱やなぁ」
クククと喉で笑い、我慢の限界なのであろう小刻みに震える少年の首を舐め上げる。
「いってもええけど、これで終わりちゃうからな?」
市丸は日番谷が最も感じるポイントを突き絶頂を促す。
「あっ、駄目っ…ふぅっ…ああぁっ」
既に何度目かの射精。出る量といったら極僅か。眠る事も許されず、意識が遠のき始めるとキツく突き上げられ起されて。
今回もまた、感覚が薄れ始めた日番谷を下から強く打ち上げ意識を此処に残させる。
「あかんやん。まだ僕は満足しとらんよ?」
朦朧とした頭の中、日番谷が見た市丸の表情は完全に歪みきった恐怖をも感じる笑顔。
「市…丸…」
なんで、なんでこんな事に…?
こんな市丸は初めてだ。
俺が悪いのか?
分からない……。
どうしてこんな事するの?
俺が嫌いになったの?
胸が苦しいよ……。
「市丸っ…お願い…話しっ…んぁあっ」
「まだ話す元気あるんや」
「やだっ…お願いっ」
「しつこいなぁ…」
話しすら聞いて貰えない状況に日番谷はただ耐えるしかなかった。そして、幾度と無く繰り返される行為。段々と日番谷の顔が青褪めてきた。
感覚なんて既に無い。
徐々に意識が遠退いていく…。
「冬?」
「も…無理…」
そのまま市丸の肩に寄り掛かり、日番谷は意識を手放した。
「……御免なぁ」
泣き腫らした顔で眠りについた日番谷から自身を抜き取り、その中に溜まった市丸の欲を指で掻き出す。
手馴れた作業。ただ、最近は無かった精液に混ざる日番谷の血液。無理が目に見えて分かる…。
「冬…辛かったん?」
優しく髪を撫で、愛しい彼の首筋へ唇を落とす。
「でも僕はもっと辛いんよ」
撫でた手を握り締め、徐々に部屋の空気が冷めていく。
「冬は判ってへんねや…僕の気持ちなんて…」
眠る日番谷の頬に、一粒の雫。線を辿れば市丸の顔…。
「冬なんておらへんければよかった…」
そしたらこんな醜い感情知らずに済んだのに。
市丸は日番谷を布団へと寝かせた。そして、眠る愛しい少年を見つめポツリ…
「冬なんて大嫌いや…」
そのまま市丸は立ち上がり部屋を後にした。
外へ出れば心地の良い風が吹き抜け、高揚した己を宥めてくれる。
ゆっくりと当ても無く歩き、気付けば自室よりかなり離れた渡り廊下に来ていた。
「……ギン」
「乱菊…どないしたん、こんな時間に」
渡り廊下の手摺に体を擡げ休んでいたら、何やら思い詰めた松本が話し掛けて来た。
時刻は既に丑三つを過ぎている。
「隊長、貴方の部屋に居るの?」
「せやよ?」
ふぅ、と溜息を吐いた松本は、そのまま市丸の横へと並び、
「あんた最近おかしいわよ…」
「何で?」
「なんか…近付き難いって言うか…イライラしてるみたいで」
「……」
お互い目を合わせず、長い沈黙が続く。
時折聞こえる虫の音だけが、時が止まっていない事を証明した。
「隊長、あんたの事心配してた。私には言わないけどバレバレよ」
「冬が?」
「ええ。ギンの背中を目で追って、その後必ず溜息を落とすの」
何となく…松本の暗い表情の意味が判ってきた。
「……隊長を大切にしてあげて」
「大切……か」
そんな事言われなくても分かってる。
大切に、大切に…愛しい彼を思ってる。
だけど…
「冬なんて居らんければ良かったんにな…」
「え…?」
「ムカツクねん…何もかもが」
今まで大して口の聞かなかった市丸が、口火を切ったかの如く話しだした。
今まで、自分なりに我慢はして来たつもり。醜い心は仮面に隠してきた。
けど…
もう、我慢の限界や。
他人に嫌われる事はたいした問題じゃない。寧ろ、その方が楽で良い。
冬さえ側に居てくれれば……冬が居れば、それだけで僕は生きて行ける。
だけど、仮面を剥した僕を、きっと貴方は嫌うんでしょ?
結局は一人ぼっちなんや…
「冬は僕のもんなんに…」
「ちょっと…何言ってんの…」
市丸の顔から笑顔が消えた。
「なんに冬は誰とでも話すし、笑ったりもする…僕の見てない所で何してるかも分からんねや…」
「そんなの当たり前じゃない…彼は隊長よ?」
至極当たり前の事なのだが、市丸は首を横に振る。
「嫌なんや…冬の目に僕以外が映るのが耐えられへん」
彼がここまで自分の感情を露にするのは初めてだ。それ程までに市丸の中に占める日番谷の存在が大きいと言う訳か。
「ギン…良かったわね」
「良くなんてあらへん…辛いだけや」
「それだけ隊長の事想ってるって事でしょ?羨ましいわ…私には其処まで想う相手なんて居ないもの」
「乱菊…」
黄金色の髪を風に靡かせながら、寂しそうに呟く松本を市丸は唯呆然と見詰める。
「ごめんな…」
「何であんたが謝るのよ」
「さぁ?なんでやろ…良ぅ判らんけど…」
「プッ。変な奴」
何で謝る?…自分が言った事なのに、判らない。無意識に、が一番近いような気がする。だって、今まで靄が掛かっていた心に光が差込んだ気がするから。
「冬の事、大切にしたらなな」
「そうよ。じゃないと私が取っちゃうわよ」
「そらアカン。冬は僕のもんや」
「判ったわよ。でも、今度また同じ事があったら……あんた覚悟しておきなさい」
ビシッと指を突き付け狐を睨み上げる。
「繰り返しはせぇへんよ…」
「そ。なら安心した」
市丸の表情を確認した松本は、眠いと欠伸をしながら後ろ手を振り自室へと戻って行った。
そして、市丸もまた日番谷の眠る自室へと戻って行った。
ゆっくり、ゆっくりと廊下を歩いて。愛しい彼の笑顔が見れる様に、今までの醜い自分を掻き消し、本当の恋が出来る様に。
ピタリと足を止めれば、そこは自室の襖の前。愛しい彼は未だ眠りの中。
音を立てず、静かに開いた襖の隙から中へと入る……と、何かが動いた…。目を凝らし確認する。
「……冬?」
少しずつ近づけば、小さな影が布団の上で座っている。部屋の明かりもつけず、月明かりも無い為表情は見えない。
しかし、起きている事は間違いなかった。
「冬?」
「……」
返事が無い。怖がらせない様にゆっくりと側へ。
「グスッ…ぅ〜…」
……泣いてる?
余りに小さな声なので、耳を済ませないと聞き取れない。
「ふぇっ……市丸ぅ…」
「…僕はここに居るで?」
身をち縮め覗き込んで。
「っ市丸?!」
「冬、ごめんな」
止まる事のない涙を顔一杯に溢れさせた、愛しい彼を抱き締める。
…この子はこんなに小さかっただろうか。
毎日、会う度に抱き締めている筈なのに。
今、僕の腕の中に居るのは、隊長の肩書きを脱いた唯の少年。
僕の恋人……。
「市っ丸ぅ…やだぁ、離れないでぇっ」
泣きすぎなのか声が浮つく。
「離れたりなんかせぇへんよ…」
「俺の事っ、嫌いに…なったの?」
「何でそんな事思うん?僕には冬だけや…」
泣き止むようにと強く抱き締める。と、細い腕で必死にしがみ付いてきた恋人。
その温もりが愛おしい。
何故、この子の事を信用しなかったのか。何故、この子の視線に気付いてあげられなかったのか。
結局は自分の我侭……
また、傷付けてしまった。
「冬っ…」
「ひゃっ…?!」
市丸は突如、日番谷を押し倒し布団へと組み敷く。
「やだっ…ふぅっ…!」
唇を奪い深く舌を突き入れる。上手く呼吸が出来ないのか、日番谷は離れようと必死。だが、市丸の舌は逃す事無く絡め取り更に深くへ入り込む。
「はっ…ぅうっ…んっ」
執拗に深く、時折噛み付きながら。
「ぅんんっ…ふぅっ」
日番谷の腕から力が抜け始める。それを見計らい、市丸は唇を離した。どちらともとれない透き通った糸が線を描き消えてゆく。
「あっ、やっぁ…市丸っ」
市丸の口は止まる事無く日番谷の小さな膨らみへ。
「ふっ…あぁっ」
「可愛ぇよ…冬」
「ぃやぁっ」
つい先程し終えたばかりと言うのに、既に日番谷の雄は己を主張し始めていた。
「…誰にもこんな顔見せたらあかんよ」
手にスッポリと収まる熱を優しく扱きながらも、吸い上げる口は休めない。
「あっ、あぁっ…市丸だけっ…だから、俺の事…嫌いにならないでっ」
止まる事のない涙。しかし、目はしっかりと市丸を見つめ、震える手で必死に袖を掴んでいる。
「愛しとる…。冬だけや」
「ひっ…ぅあっ…んんっ」
「もっと声きかして…」
「ひゃっ、やだっっ」
今まで日番谷の胸に留まっていた市丸の頭が、下へ下へと降りていき。
「止めっ…汚い…から」
白く伸びる細い足を持ち上げ、腰を浮かせ、既に先走りが溢れた日番谷のものを銜え込む。
「あぁっ、市丸っ……もっ駄目っっ」
愛しいこの子が知らせる、何時もの合図。
「ええよ。出し」
「やだっ…口離しっ…」
懸命な訴えが聞こえたのかいないのか、市丸は口に銜えた雄を強く吸い上げ絶頂を促す。
「いぁっ…あぁぁぁっ」
体を震わせ、日番谷は市丸の口の中に熱を放った。
「冬…大丈夫?」
「はっ…はぁっ…う、うん」
「じゃ、こっち来ぃ」
精を放ち、脱力しきった日番谷を抱え上げ膝に乗せる。
「ええ…?」
「うん…」
市丸は既に大きく反り立った己を、日番谷の蕾にあてがい深く突き入れる。
「ふぅっ…んぁっあっ」
つい先程の行為のお蔭で痛みは然程無いらしく、慣らしもしていないのにすんなりと市丸を受け入れる。が、やはりキツイらしく二人の眉間に皺が寄る。
「冬、力抜いて…」
「あっ…ふぅっっ…無理っ」
必死にしがみ付き離れない日番谷を無理矢理離し、涙でぐちょぐちょになった頬をペロリと舐め上げ、そのまま唇を重ねた。
「ほら、力抜き?」
「ひぁっ…あぁっ…市丸の、奥までっ…」
「せや、入ったな。冬の中暖かいで」
次に来るであろう快楽を、日番谷は目を瞑り大人しく待っていた。なのに市丸は一向に動こうとはしなかった。
日番谷は不審に思い、ゆっくりと閉じた目を開く。
「市丸?」
市丸は、日番谷の肩に顔を埋めていた。
「冬の事、好きにならんければ良かった…」
「……」
「感情なんて僕には必要無いねん…」
ポツリ、ポツリと話しだす声は今にも消えそうな程か細い。
「俺は市丸に出会えて、好きになれて良かった…」
「僕は良くない。冬の事考えたら、僕が僕では無くなってまうんや…」
「じゃ、俺が居なくなればいい?」
項垂れる首へ腕を回し抱き締めてやる。
「そんなん嫌や」
「なら、如何すればお前が楽になるんだ?」
「冬の瞳に僕だけが映ればええのに…」
その声は微かに震えていた。
「……馬鹿っ」
「?!」
突然の暴言に思わず顔を上げる。
「同じだよ…」
「冬…」
「市丸の世界に居ていいのは、俺だけであって欲しい…」
今まで市丸の中に存在した、どれだけ努力しても消える事の無かった黒い感情が、徐々に色を無くし消えてゆく。
「……冬の気持ち聞いたん初めてや」
漸く僕達は恋人同士になれたんかな。そんな事口にしたら確実に怒られるから、絶対に言わないけど。
市丸の馬鹿。何でこんな事言わせんだよ。
俺は市丸が大好きだ。正直、幼馴染の松本に嫉妬さえ感じている。
分かってくれていると思ってた。でもそれは俺の甘えだったんだな。
「冬…」
向かい合った彼の唇へ甘いキスを。
「あっ…待ってっ…」
唇が離れると共に開始した律動。
「もっと声聞かして」
「あっ…ぅんっ…あぁっ」
止まる事無く溢れる声は、今まで以上に蜜を持った甘い甘い喘ぎ声。
日番谷の中で市丸の要領が増す。
「ふぁっ、市丸のっ…凄いっっ」
「もっと欲しいって下の口ヒクヒクしとるやん」
ペロリと舌舐め擦りをし、抱えていた少年を布団へ寝かせ組み敷く。
「はぁっ…あっ、あぁっ…ひぅっ」
先程より激しく、市丸の唇は小さな膨らみに舌を這わせ、時折噛み付く。弱い所を急激に刺激された幼い体は、直ぐに限界へと達し体が小刻みに震え出す。
「あぁっ、市丸……駄目っ…」
耳まで赤く染まった少年の限界の合図。
「ええよ。一緒にいこな」
市丸はギリギリまで自身を抜くと、一気に最奥まで突き上げた。
「ふっ…ぅあっ…あぁぁぁっ」
「……くっ」
そして一際甲高い声を上げた日番谷は体を痙攣させながら、幼いそこから白濁の液を放出した。市丸もまた、日番谷の締め付けにより、その最奥へ熱を放った。
「冬…愛しとるよ」
「ん…」
行為の後というのも手伝って、布団に寄り添って寝転がる日番谷は、少々だるそうに返事をする。だが、握った手は放さない。
「冬は?」
「お前と同じだよ」
「同じや分からんよ。ちゃんと聞かして」
外方を向いて答える日番谷を覗き込み、此方へ向ける。
「…大好きだ」
「ありがと。もぅ泣かせたりせぇへんからな」
「……馬鹿」
また、外方を向いてしまった日番谷の頬に軽めのキスを落とす。
「おやすみ…」
「ん…」
暫くして、規則正しい寝息が聞こえ愛しい恋人が眠りに付いた事を確認する。そして、市丸も日番谷という抱き枕を抱え眠りに付いた。
僕が勝手に決めた記念日。
今まで、笑顔でいられたのはこの思い出のおかげ。
初めて出会って、話をした日。
気持ちを打ち明けて、答えてくれた日。
初めて、僕に笑顔を見せてくれた日。
キスをした日。
体を交えた日。
そして最後に、
本当の恋人になれた日。
また一つ、幸せが増えた。
今日が最後。
もう、涙で潰れる夜は来ない。
End
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