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「日番谷隊長!!ハッピーバースデー!!!!」

パーンッパーンッッと弾ける、赤や黄色の紙テープ。あちらこちで響きわたるはグラスを鳴らす賑やかな音。

今日は12月20日。
死神達のアイドル、日番谷冬獅郎の誕生日。

だだっ広い広間に集まった、護廷十三隊の上層部。開始の言葉と共に、酒池肉林と化した宴会場。次から次へと、一升瓶片手に今日の主役の元へ。

「さ、隊長vV呑んで呑んでっっ」
「…ありがとう」

部屋の最奥、上座にポツリと座らされたこの小さな隊長。主役とは到底思えない程の仏頂面で注がれた酒を飲み干す。
元々こういった部類の行事は苦手とする少年。主役の今日は、尚の事不機嫌。

「もうっっ!駄目ですよ!笑って下さいっっ」
「俺はこー言ったのが苦手なんだ。お前だって知ってるだろ?」

まぁまぁ。と、頭を撫でてくる俺の副官の松本は既にほろ酔い状態でへらへらと笑っている。怒る気が起きないのは、俺の為に宴会を行っているからだろうか。
ふぅ。と溜息を付き、新たに注がれた酒を飲み干した。

おぇ…。気持ち悪ぃ。
元々、酒の強くない日番谷。勢いに任せて呑んだたった二杯の酒に酔ってしまった。

「日番谷隊っっ長〜〜っっvV呑んでるっすか〜っっ!!!」

耳まで赤くした阿散井が、物凄い勢いで突進して来た。

「おわっっ?!」

大人の体重を支えれる訳の無い少年は飛び付いて来た阿散井共々ひっくり返ってしまった。

「隊長〜vV」
「ひぃっ?!」

頬擦りして来る酒臭い野良犬に、引き剥がしたくも腕に力の入らない少年。足をジタバタさせ必死にもがく。

「ありゃ?隊長…目ぇ潤んでますよ?」
「そんな事どーでもいいだろっ!早く起きろっっ」
「しかも顔真っ赤…」

ニタリ。阿散井の顔が大きく歪む。

「俺を誘ってんすか?」

その言葉と共に、口を蛸の様に尖らせたヤツの顔が近付く。

「や、やだっ」

突っ張る腕に力が入らない。もう駄目だ!そう思っていた矢先、

「はいはい、そこまで。阿散井はん、あっちで呑もなぁ」

唇が重なり合うまであと数センチの所で、突如掛かる体重が無くなった。危険に瞳を閉じていた日番谷は、ゆっくりと目を開けた。

「市丸…」

名を呼んで。すると、その本人はニッコリと微笑み、野良犬を引き摺りながら去って行った。

「え……」

やっと出た言葉。それは宴会の賑やかな音に掻き消されて。
俺の頭でグルグル巡る感情。それが何なのか判らない。
だけど、何か……寂しい。

そんな主役の気持ちを知ってか知らぬか。市丸は阿散井を連れ、卯ノ花の座る日番谷からは遠く離れた席へと着いた。

「何だよ…」

側に居てくれないんだ…。何時も一緒なのに。
今日は離れるんだな。

日番谷は松本の置いていった一升瓶から新たに酒を注ぎ、グビリと飲み干した。

昨日は俺から離れないって煩かったんだけどな………。





――12月19日。夕刻。





「はぁ〜…鬱や〜…」

十番隊に遊びに来ていた市丸。ちゃっかりと自分用の椅子を用意し、机へと項垂れる。

「如何した…?悩みか?」
「そんな浅いもんちゃう」
「…じゃ、何だよ」

丁度、書類の山が片付いたらしい日番谷。珍しく市丸の話しに耳を傾けてやる。

「明日の誕生会…考えただけで鬱になるわ」
「あ〜…確かに面倒だよな」
「面倒ちゃうわっっっ」
「はぁ?意味分んねーよ」

頭を抱えて悩んでみたり、握り締めた拳を机に叩きつけてみたり。今日の市丸は、何時も以上に理解出来ない。

「なぁ〜…浮気、せんといてやぁ」
「浮気?!突然何言ってんだ」
「僕一人じゃ、あれだけの数止められへん」

きっと、酒も呑んでるだろうし。そう付け足し、市丸は再度頭を抱える。

そう言う事か。
前々から散々聞かされた、俺を付け狙う奴等の事。隙有らば、押し倒しに掛かる野郎共。大人の力に子供が勝てる訳も無く。その度に市丸が助けてくれた。

「馬〜鹿。俺にはお前だけだ。心配すんな」
「せやけど〜……」
「俺って信用ねーのな」
「ちゃうわ…」

っっっっ、だぁぁぁーーー!!!!!何だコイツ?!面倒臭ぇっっ!!ウザイ事この上ないっ!
ふぅ。小さく溜息。

「いいか、市丸…」

机に顎を乗せてブツブツと何やら言っている市丸。
サラサラな髪へポンと手を置き、此方へ向かせる。真っ直ぐに、目が合う二人。
呆れた表情の日番谷は、先程言おうとした言葉を告げる。

「…俺にはお前しか見えてないんだ。浮気とか、意味分んねー事言うな」

頬を染めて。
初めて聞いた、彼の本音。

「…冬」
「……ふんっっ」

抱き付こうと身を乗り出した。が、即座に避けられションボリな市丸。



その日は、市丸の自室で朝を迎えた。





――12月20日。早朝。





「おっはよ〜vVええ天気やね〜」
「……うるさい」
「ほらほら!今日も元気に執務頑張らな!!!」

目を覚ませば…無駄にハイテンションな市丸がいて。

「じゃ、今日の夜な」
「楽しみやね〜」

襖から顔を出しながら手を振る市丸に見送られながら、日番谷は自隊に戻って行った。

そして、昼が過ぎ、日が沈み、辺り一面黒のカーテン。賑やかな音と共に、誕生日会が始まった。








「お〜い…日番谷く〜ん?」

ボ〜っと思いに耽っていた時だった。俺の目の前に、眼鏡の男。

「…藍染」
「考え事かい?」
「別に」
「おや?ギンが居ないみたいだけど?」
「知るか」

今、一番触れられたくない人の名。眉間の皺が一層深くなる。

「喧嘩だね?…僕が慰めてあげるよ」
「ちょっっ?!」

声を出す暇も無かった。藍染の大きな手に顔を固定され、頬に触れる暖かな感触。

「〜〜〜?!」
「口にはしてないのに。可愛いな」

口をパクパク。死覇装の袖で、紅くなるまで頬を擦った。

「勝手にキ、キキキッキスすんなっっ!!」
「やれやれ。ギンは上手い事躾けたみたいだね」
「人を動物みたいに言うなっっ」

その後も、引っ切り無しに酒やら食べ物やらを持ち俺の元へ訪れる人、人、人。
餓鬼扱いされ怒ったり、超高級なプレゼントを貰ったり。
中々話す機会の無い奴等との会話は楽しかった。檜佐木なんて、指輪を俺に差し出してきた。断ったけど。

そんなこんなで、結構な時間騒いでいた。日付もそろそろ明日へと変わろうとしていた。

ふ、と気付いた事。

「市丸?」

部屋をくまなく探せど、奴の姿はここには無く…。

未だ誕生日会は終る気配さえない。寧ろ、このまま浮竹の誕生日会をしようと意気込んでいるほどだ。

日番谷は、ガヤガヤと騒がしい集会場から姿を消した。





「ったく、アイツ何処行きやがった」

何時も一緒だから、離れている今、不安で頭がおかしくなりそう。
人の気配の無い廊下を走る、小さな影。それは、三番隊舎に向っていて。

「市丸??」

部屋の中を覗く。しかし其処には誰も居らず。
同様に、十番隊舎も、お互いの自室も。
求める人は、影すら無い。霊圧も感じない。
パタリ。思い当たる場所を全て探しつくした日番谷。
一向に見当たらない恋人。心にポッカリ開いた穴。

「……あ」

探すのを諦めようと思った時だった。

「あそこ…」

日番谷の脳裏に過ったもの。
アイツはあそこに居る。そう確信して。
廊下に佇んでいた小さな影は、外へと飛び出し闇へと消えていった。





日番谷が向った場所…。
十番隊舎より少し離れた、雑木林の奥に有る小さな湖。
瞬歩を使い、その場所へ向った。

「…市丸」

辿り着けばスラリと伸びる大人の影。
一歩、また一歩と影の元へ。弱々しくは有るが、月明かりに照らされた男。真っ赤なマフラーを首に巻いた、市丸の姿。
白い息を吐き、遠くを見ている。
俺の存在に気付いてるであろう市丸は、振り向く事もせず、俺も黙って横に着いた。
お互い何も言わず、暫くの沈黙。

時が止まったかの様な静寂。
しかし、刻々と時は過ぎて、もう直ぐ日付が変わる。

「…待っとったよ」
「…このまま来なかったら如何するつもりだったんだ?」

ふ。白い息を吐き、市丸は笑った。

「冬は必ず僕の所へ来てくれる」
「凄い自信だな」
「冬がくれたんよ?」
「何を…」

「自信」

満足そうに微笑んで、横に居た俺の前へとしゃがみ込む。
真っ直ぐに見つめられ、顔が熱くなったのが分った。


「誕生日、おめでとう」


今日、いっぱい聞いてきた祝いの言葉。
だけど…生まれて初めて言われたかのように、嬉しかった。


「ありがとう…」

End


バカップルもいいけど、この二人にはやっぱりシリアスラブが似合うと思う。

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