今、俺は幸せです。



これ以上を望んでも無いくらい幸せなんです。

山の頂上に昇りきれば、後は坂道だけが待ち構えている。
でも、俺は下るつもりは無い。じゃあ、どうすれば良いのか。


降りなければいい。そうだろ?
降りなくても済む方法は一つ。



ここで終わればいい。それだけ。

ある、晴れた昼下がり



「俺、怖いんだ」

互いの非番が重なり、小春日和ということもあって二人は町の外れの小川に来ていた。
朝から何か思い詰めた表情をしていた少年が、頃合を見たのか神妙に口を開く。

「怖いって……何がだい?」
「始まりが、かな」
「………難しいね」

腕を組み、眉を下げて。藍染は笑いながらも困った顔を見せる。
いつもこんな感じ。答えにくい事を聞いて困らせて。

こんな捻くれた俺を好きだと言った変な奴。変な俺に好かれた可哀相な奴。

「今が一番幸せでさ」
「うん」
「もう、これ以上は無いって気付いたんだ」
「そうか……」

優しい藍染は俺の言った言葉を否定しない。たとえ間違った事を言ってもそれは変わらないだろう。

だから言うんだ。
俺の最後の我儘。もう話す口も無くなるだろうから、これだけ。





「一緒に死のうよ」





体温と同じ温度の風が舞う。
フワリフワリこのまま一緒に消えれれば良いのに。
そしたらコイツを困らせずに済むのかな。

ごめんね。
何度でも言うよ。だから付き合って。

「……構わないよ」
「ありがと」

どちらとも言わず手を取り合って、ゆっくりとした足取りで一本の大木の下へ。





「これ、準備してたんだ」

懐より錠剤の入った瓶を差し出す。いったいどこで手に入れたのか。

「やれやれ悪い子だな」

うん。本当に悪いと思ってるよ。
でも、悲しい思いはしたくない。辛いのも嫌。

この先の終わりを、見る気なんて更々無い。



これが、最善の方法だから。そう、決めたから。










ある晴れた昼下り。
永遠の幸せを願い、二つの背中は互いを支えあい、動きを止めた。















ジャリ……。



頂上に昇っていた太陽も西に傾き、暖かだった春風もひんやり肌を掠めて行く。
無音の空間だったこの地に、地面を踏みしめる音に混じりながらクスクスと笑う男の声。

「馬鹿な子だ……」

プッ、と空気と共に口内より吐き出されたもの。
それは先ほど少年と一緒に飲み込んだはずの錠剤数個。僅かに溶けたそれを遠目で見詰め、また一笑。

改めて自分の足に寄りかかる少年を見下ろし、途絶えた息を確認する。動かなくなった子供を愛しそうに抱き上げて、体温が無くなり冷たくなった頬に口付けた。

「直ぐに後を追うよ。でも、もう少しだけ待ってておくれ」

僕にはやらなければならない事がある。
その言葉は一瞬だけ吹き抜けた突風に遮られた。

それは少年が起こした風なのか、偶然か。
どちらにせよ、後の行動に良い結果は待ち構えていないのだろう。

「まあ、いいさ」

僕が君の元へ行った時、今日の日を思い出してまた空を仰ごう。





それまで、どうかこの蒼き空が続きますように。

End



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