小鳥の囀りが聞こえる早朝に、欠伸をしながら歩く少年が一人。
「眠ぃ〜…」
髪は降ろされ、隊長服も着ていない。普段の凛とした姿とは少し違う、幼さの見える容姿。
「……おはようさん」
頭上から声が降る。
誰かなんて確かめる気も無くて、ただ確実に恐怖の伴う冷気が体に纏わり付いてきた。
「あら、無視ですか?酷いなぁ……」
気持ちの悪い程に裂けた口端を開いて、ほんと狐の化物そのものだと思う。俺は振り替える事無く歩き、段々と二人の間に距離が開いた。
ふと気になり足を止めて振り替える。
そこに奴の姿は無い。自分の部屋へ戻ったのか。居ない筈なのに全身を包む奴の気配、そして徐々に重くなる足取り。まるで部屋に戻る事は危険だと体が察知しているみたいに。
部屋に戻り、辺りを見渡す。
長い間人が居なかった事を思わせる埃が見えた。そのまま襖を閉めて、小さな溜息と共に部屋の奥へと歩を進める。
そこには窓があり空気を入れ替えようと手を伸ばす。背伸びをして、あと少しで錠に手が付く。
「――――あかんよ?」
空より降ったその声に脳に届くよりも早く、全身を包む寒気。
手の上に被さる更なる手は、錠を外さない様にと重ねたまま下げられた。
恐怖に止まる動き。
これが正直な感情。
俺は振り返る事が出来なかった。
「っ、くっ……!」
ドンッ。
組み敷かれる体は畳にきつく縫いとめられて。
背中の痛みを堪えながら、目の前の男をその大きな翡翠で睨みあげる。
「怖い顔して……台無しやね」
早く本性をだし…。男はそう言って舌舐め摺り。
「んぁっ…!」
チラリと覗く真っ赤なそれが俺の首を舐め上げた。
「そうや…その顔が見たかってん」
裂けた口角を吊り上げ、乱暴に俺の衣装を剥ぎ取っていった。
露になる幼い体、それに見合わない妖艶な体。
「ほんま興奮するわ…」
こうなっては俺に逃げる術は無い。それはしっかり教え込まれたこの体が良く知っている。
逃げればどうなるか。
暴れたらどうなるか。
考えただけで震える体。
泣けば喜び。
そして笑って。
コイツは俺をどうしたいんだ。
俺は、どうすればいいんだ。
俺は、お前の事が好きなのに。
「僕な…君の為に考えたんよ」
全身をくまなく舐めながら、市丸の口から出た異様な台詞。
「これ、な〜んや」
疑問に顔を顰めながら日番谷は市丸が差し出すそれに視線を合わせた。
「――ッ!?」
それは男のモノを模った玩具。気持ちの悪いほどに似せたそれは、テロテロと奇妙に光っていた。
驚愕に声も出ない日番谷を、上から見下し嘲笑う市丸。
「僕のが嫌で逃げ回るんやろ?ほな、これなら問題無いやんな」
そう言って日番谷のその小さな口に玩具が捻じ込まれた。
苦しみと驚きで唸り声を上げながら、それでも市丸の持つそれに容赦なく喉を突かれる。
吐きそうになるのを堪える事数刻。涎によって濡れ艶めくそれを小さな口から引き抜いた。
「……綺麗に踊ってや」
その言葉を聞いて最後、次に訪れた衝撃に俺の理性は簡単に崩れてしまった。
「っく、あぁっ……!」
グチュリ、粘着質な音。重なって喘ぐ、子供の声。
「ああ、あぅっ…ひぁっっ!」
卑猥な音が繰り返し繰り返し、喘ぎ声も密が篭ってきた。
「お楽しみはこれから…」
カチリ。
何かのずれる音。
刹那。
「ひぐっ…あああぁぁぁっっっ!!!」
予想もしなかった動きに全身が痙攣し始めた。攣ってしまいそうな程に足を伸ばして、脳を突き刺す快楽に自己を見失う。
「うあっ、あ゙あ…あひっ……ひぃっ」
己の中で蠢く其れに翻弄されて、同時に抜き差しされれば限界なんて容易に訪れる。
「あぁっ…やあっ……おかしっ、おかしくなっちゃうっ…」
先走りを零すそこが弾けそうな位に膨れていて、堪えているのか下腹が激しく痙攣を始めた。
「あはは、玩具でもいけるんや。いやらしいなぁ日番谷はんは」
「おね、がいっ…抜いてっ…抜いてぇっっ!!」
懇願も虚しく。
「あぐっ…あああぁぁあぁっ……!!!」
呆気無く精を放ち、日番谷は声も出さずに布団へと崩れた。
初めてお前と出会ったのは、俺が護廷に入ってから。その時は俺はまだ平隊員で、お前は隊長だった。
格差の激しい十三隊は平が隊長と話すなんて事はまず無かった。特に隊が違えば顔を見る事さえままならなくて。
お前は昔っからサボり癖のある奴だった。だから、他の隊長に比べ逢う機会は程無くもあった。廊下ですれ違ったり、非番の日に何故か外で出会ったり。
俺の視界には何時もお前が居たような気がする。
この時の俺は、ただ純粋に憧れていたんだ。
数ヶ月後。
俺は無事、護廷十三隊の十番隊隊長の命に着いた。毎日の執務に終われ、忙しい日々。それでも、あの頃より近付いたアイツとの距離。
定例集会で。
隊主会で。
隊務で。
会話をする事こそは無いものの、俺は確実にお前に惹かれていった。
なのに、何時の頃からか俺とお前の距離は一気に縮まり、気付けば体を容易に交える、そんな仲になっていた。
恋だの愛だのそんなモノは一切無い、ただ欲を吐く体だけの関係。
もう始まりなんて覚えても居ない。長い長い月日が過ぎて、それでも俺はお前との時間が大切だった。
だから、気付きたくなかった。俺の中に潜む、アイツへの感情。
『アイシテル』
一時の感情に過ぎないものと、俺は高を括っていたらしい。
体が交わる度に膨れ上がる想い。それは消えるどころか蓄積されて。回数を増すごとに、零れる涙も比例した。
もう駄目だ。
そう感じたから、だから俺は離れたんだ。
お前を求めなくて済む方法。
お前が俺を抱かなくて済む方法。
寝食一切を檜佐木と共に。
アイツは優しいから。俺の唐突な頼みを理由も聞かずに受け入れてくれた。
何日も経過して、俺は早朝に着替えを取りに廊下を歩いていたんだ。
『……おはようさん』
久し振りに聞いたお前の声に全身の神経が鼓膜へと集中した。同時に、四肢を駆け巡る震え。
そのまま檜佐木の元へ帰ればいいのに、俺の体は思考とは関係なく動き出した。
アイツが待っている、俺の部屋へと。
久し振りに交えたキスは暖かくて、そして冷たくて。次にくる快楽を俺は待っていたんだ。お前と一つになれる、その時を。
『僕のが嫌で逃げ回るんやろ?ほな、これなら問題無いやんな』
全ては俺がした事。体を交えないために、お前から離れる。
確かに今の行為に体の交わりは無い。
俺が求めた結果。
なのに、哀しい。
「……ッ」
ジワリ、頬を伝った一滴。意識を戻せば窓から差し込む眩しいまでの朝日。
どうやら気を失っていたらしい。
「……いち、まる…?」
声を掛けても返らぬ返事。捜し人は影すらなく。部屋には俺一人、布団へと寝かされていた。
ぽつり、部屋には俺一人。事情の後は綺麗に拭い去られていて、腰に纏う鈍い感覚だけが先程の出来事を夢ではないと知らせてくれた。
一瞬だけ。一瞬だけお前を探したけど、それだけ。
次の視線は自身の死覇装。素早く着替え身嗜みを整えて、襖に手を掛けて開く。
長い長い廊下の先に、十番隊執務室。
中に入れば何時もは寝坊する副官が俺を待っていた。「おはようございます」と綺麗な笑顔でこちらを見て。俺も簡単に一言「おはよう」そういって椅子に付いた。
黙々と書類に判を押して、気付けば当に定時を過ぎていた。
「松本、今日は終わりにしよう」
「は〜い。隊長は今日も修兵の所に行くんですか?」
「……多分」
行くに決まっている。
でも口を吐いたのは”多分”と言う曖昧な答え。
松本は簡単に挨拶をした後、執務室を離れていった。
また一人残った日番谷は、何をするでもなく暫くソファーに凭れ掛かって。カチカチカチ、秒針の進む音がやけに響いた。
「ふぅ〜…」
大きな溜息と徐々に激しくなる心臓の音。ドクドクと何かを求めだす俺の体。
また、か。
そんな事を考えながら、俺は檜佐木の待つ部屋へ向かおうと執務室の外へと出た。
「日番谷はん」
「……市丸」
まただ。
「僕の部屋においで」
廊下に出たそこにお前は立っていた。にこにこと口端を耳まで裂いて。
「――ッ!!」
気を抜いた隙に、気付けば俺の目の前まで移動していた市丸。身長差のせいか、酷く圧迫感を感じる。
「おいで」
腕を掴まれ、逃げる事は出来ない。
また始る、虚しい行為。
俺は拒む事が出来ない。寧ろ、その腕の体温に縋る俺が居て。
きっと待って居たんだと思う。だからこの手を振り解けないんだ。だから此処でお前を待っていたんだ。
「早く……連れてって」
どうやら俺は狂ってしまったらしい。この遊戯が始る事に喜びを感じている。
愛の無い、醜い行為。
「今日も僕の中で踊ってな」
それでもいい。
「僕だけの、日番谷はん」
早く、
早く、俺をお前のモノに――。
End
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